梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

巨星墜つ!作家・大西巨人氏の《死》

 東京新聞朝刊(30面)に、作家・大西巨人氏の訃報が載った。「骨太な批評精神と大作『神聖喜劇』で知られる作家の大西巨人(本名のりと)氏が12日、肺炎のため、さいたま市内の自宅で死去した。97歳。福岡県出身。葬儀・告別式は故人の遺志で行わない。作家の大西赤人氏は長男。(以下略)」
 私にとっては、まさに青天の霹靂、寝耳に水、文字通り「巨星墜つ」といった感懐である。「大西巨人は決して死ぬことはない。死ぬはずがない。死んではいけない」という思いの中で、私は生きてきた。今ほど、「肉体は滅んでも、精神は生き続ける」といった俗見・俗情を点頭・容認せざるを得ない、というのが「偽らざる心境」か・・・。かつて私は、大西巨人の名品「精神の氷点」について、以下のように綴った。
〈『異様(稀有な)一文』
 巻末の「新版おくがき」で、作者・大西巨人氏は以下のように述べている。〈私は、私の小説第一作『精神の氷点』を、1947年(敗戦3年目)新春~同年初秋の間に、九州地方福岡県福岡市の仮寓で書いた。それは、当時発行の綜合雑誌『世界評論』1948年5月号~同年7月号に3回連載せられ、翌1949年陽春に、他の短編小説一つ(『白日の序曲』)を合わせ、改造社から単行本として出版せられた(表題は『精神の氷点』)。題名は、もと『煉獄の門』であったものの、そのころ、田村泰次郎作中編小説『肉体の門』、その劇化、その映画化が、世俗の評判になっていたから、『世界評論』編集長青木滋(のちにペンネーム青地晨)は、改題を私に勧め、私は、それに応じて、『煉獄の階』と『精神の氷点』との両案を提示した。そして、青木編集長は、後者を採用したのであった。(中略)旧版の「あとがき」の中に、「私の大きい野心は、私自身の精神および技術の未熟のために、いくらも実現されず、欠陥が少なくないけれども、なお私は、その存在の意義を確信している。“こういう作を、いままで、他の人々は、ほとんどまったく必ずしも書かなかった、書こうとしなかった”と私は思う。この未完成な異様なものを、私は努力して、徐々に完成にまで推し進め、高めよう、と決意している。世評は、悪く、あるいは黙殺のようであった。しかし、ある少数の人々の好意的な理解ならびに支持の言葉も、私に伝えられている。」という一節が、存在した。五十余年後の今日現在、私は、いよいよ固く「その存在の意義」を確信する。たしかに、「この未完成の異様なもの」『精神の氷点』こそ、私の爾来将来に亘る諸作品・・・『地獄篇三部作』、『神聖喜劇』、『天路の奈落』、『娃重島情死行』、『迷宮』、『二十一世紀前夜祭』、『深淵』、『世紀送迎篇』など・・・の本源にほかならない。(後略)〉
 大西巨人氏は1919年生まれ、上記の「新版おくがき」を綴ったのが2000年とあるので、大西氏81歳時の文章である。30歳当時、自らの作物について「その存在の意義を確信している。“こういう作を、いままで、他の人々は、ほとんどまったく必ずしも書かなかった、書こうとしなかった”」と述べ、さらに「五十余年後の今日現在、私は、いよいよ固く『その存在意義』を確信する」と断じるあたり、「かっこいい!」「お見事!」と敬服する他はない、まさに氏のおっしゃる通り、この五十余年間、他の人々は「こういう作」(品群)を「書こうとしなかった」(なぜなら、売れないから)、もしくは(力不足のため)「書くことができなかった」のである。
 当時、(売れまくったであろう)田村泰次郎の「肉体の門」に比して、肉体ではなく「精神」、しかも「戦後混乱・復興期の蒸発的なエネルギー状況」に対して、「氷点」と冷め切った眼で自己のあり方を見つめ直す姿勢が「本物」であり、この作物を本源とする、大西巨人氏の文筆活動全体は、まさに「地についた」、「不易」(古典的な)仕事であった、と私は思う。
 「精神の氷点」という作物は、作者によれば「この未完成の異様なもの」と評される。その内容は、あの戦争(第二次世界大戦)時(1940年代前半)に、青年期を迎えた主人公・水村宏紀という人物の物語である。彼は大学時代、不本意にも「反戦」を貫くことができなかった「自分」に絶望、若干の「社会人生活」を経て後、死を「決意」して入隊する。ほぼ4年間の軍隊生活、しかし、また不本意にも(日本の敗戦により)、「生還」、再び「社会人生活」を始めなければならないという羽目に陥ってしまった。本来なら、「生還」は喜ばしい吉事だが、水村にとっては「最悪」、反戦を貫けなかった「絶望」に加えて、戦争で死ねなかった(死に損なった)「絶望」が重なることになった。彼はどうしても、「戦争で死ななければならない」事情があったのである。入隊前の「社会人生活」、は文字通り「自暴自棄」、戦争が「悪」であり、その「悪」に抗い切れなかったのなら、これまでの自分は「破滅」と思ったかどうかは不明だが、いずれにせよ、この間、彼は一つの「不純異性交遊」、二つの「不貞・不倫行為」、一つの「殺人行為」を犯していたのである。どうせ、自分は滅びる身、もちろん「一億玉砕」を標榜する皇国だって「全滅」する筈である、そうあらねばならない・・・、といったニヒリズムの具現化であったかどうか。ともあれ、水村は「生還」、軍国主義、家父長主義、醇風美俗意識の「崩壊現象」を眺めながら、逡巡する。多くの反戦主義者が、戦後の状況を「民主化」「解放」などとみなしたが、「ものごとはそのように単純ではない」といった見解が作者・大西巨人には
あるのだろう。反戦を貫けなかった負い目(転向責任)、戦争遂行に加担した負い目(戦争責任)、家族等、非戦闘員を犠牲にした負い目(敗戦責任)、戦友を逝かせ自分だけが生き残ってしまった負い目等々、を思うと、戦後の「社会人生活」を安易に構想することなんてできやしない、という主人公の思いがひしひしと伝わってくるのである。そこらあたりを、主人公の「背徳行為」にシンボライズさせているのかどうか、作者が「異様」と評する所以ではないだろうか。
 一方、読者として、私がまさに「異様」(稀有)なものとして受け取ったのは、空襲下の状況を描写した以下の一文であった。〈そこからも部分的に顧みられ得る主要市街の火と煙と音と声によって限りなく膨張しつつあった八熱地獄のむごたらしさも、それが常識を超絶していただけに、一人息子のための大奮闘のあとの彼女のたぶん一安心していたであろう意識に、かえって一種の幻想的な印象を与えでもしたのか、またそのことが、彼女をして恐れをも憎しみをも悲しみをもかりそめに超絶させでもしたのか、水村の母は、地面に下り立ち、一息ほっと衝いて、「おお、川の水が、あんなに美しい。」とおだやかな気色で低くひとりごちたが、すぐに警防団員にむかってねんごろに感謝し、最後に「宏紀のたいせつな書物じゃもんで・・・。」と辯解のようなささやきを付け添えてから、いくらか前かがみの小走りで灌木疎林の中へ進んだ。〉この一文の長さは「異様」(稀有)であるが、それは主人公の母が空襲下、息子の書物を運び出そうとして警防団員に助けられた場面、しかしこの直後に彼女が爆死する・・・。この長さは、不本意ながら不慮の死を遂げなければならなかった無辜の民(水村の母)に対する、作者の「無念」「惜別の情」が滲み出るような長さに他ならない。けだし「名文の典型である」、と私は確信する。
「精神の氷点」の主人公・水村宏紀が、以後、大西諸作品に登場する様々な主人公の「原像」になるとすれば、たいそう興味深く、あらためて諸作品を味読しなければならないことを痛感した次第である。(2009.11.15)〉
 
 稀代の巨星・大西巨人氏は、その作物のみならず、実生活における「生き様」もまた俗人にはとうてい及ばぬ「異様さ」、「稀有」な風情を貫いていた。「作家」でありながら、彼は「著作権」に拘泥しない。ブロードバンドの世界にも果敢に参画、私たちは、ホームページ「大西巨人/巨人館」を開けば、『天路の奈落』、『縮図・インコ道理教』、『深淵』、『五里霧』、『二十一世紀前夜』、『春秋の花』、他の諸作品を、無料で閲覧・精読することができるのだ。世俗の「売文業者」とは一線を画した、その清々しい「生き様」に、私は心底から感動する。我欲と飽食を常とする現代においてはまさに「稀有」、すでに死語となった「利他」「清貧」という言葉が、彼の「小宇宙」の中では、蛍火のように輝いているのである。
(2014.3.13)

「嘱託殺人」・司法(横浜地裁)の判断は間違っていないか?

 東京新聞朝刊(31面)に「嘱託殺人 夫に猶予判決 横浜地裁『苦悩の深さ、同情』」という見出しの記事が載っている。〈難病の長男の命を絶った苦しみから「死なせて」と懇願した妻=当時(65)=を殺害したとして、嘱託殺人罪に問われた神奈川県相模原市、運転手S被告(66)の判決公判が5日、横浜地裁であり、川口政明裁判長は「苦悩、葛藤、悲しみの深さは余人の想像の及ぶところではなく、大いに同情の余地がある」として、懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役3年)を言い渡した。川口裁判長は、S被告が励まし続けた妻の自殺願望を変えられなかったことに触れ、「負い目と無力感を感じ、自らの手で死なせてやろうと思うに至った」と指摘。判決言い渡し後「難病患者の家族は、苦しみながら一生懸命生きようとしている。命の大事さを軽んじることなく生きてほしい」と説諭した〉とのことであるが、私はこの判決に納得できない。その理由①、「苦悩、葛藤、悲しみの深さは余人の想像の及ぶところではなく、大いに同情の余地がある」とは何事か。裁判長は本当に被告の心情を理解しているつもりか。「余人の想像の及ぶところではなく」といいながら 「同情の余地がある」という思い上がりは許せない。裁判長は、ただひとり被告の心情を共感できるとでもいうのか。その理由②、もし「同情の余地がある」のなら、なにゆえ懲役3年(執行猶予5年)という「有罪判決」を下したか。理由は何であれ「殺人」は「殺人」、本来なら実刑に服すべきところだが、「温情」によって「執行猶予」にする、といったあたりが本音だろうが、いかにも「専門家風」で鼻持ちならない。「大いに同情の余地がある」などは「全くの口実」、実を言えば「本官の身の保全」が第一、間違っても「無罪判決」など下せるわけがない。なぜなら、いまだかつてそのような「判例」は皆無だからである。その理由③、懲役3年(執行猶予5年)という量刑は、被告の妻に科せられた内容と「全く同じ」、この事件(悲劇の連鎖)の素因となった妻への処遇(嘱託殺人罪)を、「事務的」「機械的」に繰り返しているだけである。もし、妻に対する判決が「無罪」であったなら・・・、ということを考えたことがあるか。新聞記事(後半)によれば、裁判長が語りかけたそうである。「気持ちが折れることがあるかもしれないが、同じことを繰り返してはいけない」だと。何をかいわんや、その言葉はおのれに向かって言い聞かせるべき内容であろう。加えて、検察官もまた尋ねていわく「もう自殺をする気はないか」だと。その無神経さ、非人間的な対応には絶句するほかはない。いったい、自分を何様だと思っているのか。被告が自殺する、しないは「全くの自由」、そのような質問を投げかけること自体、「基本的人権の侵害である」。かくて「大いに同情の余地がある」といった司法の言辞が「全くの嘘っぱち」であることが証明されたのである。
 「嘱託殺人」(安楽死・尊厳死)は有罪か、無罪か、その事例(実態)によって判断が異なることは言うまでも無いが、これまでに「無罪」となった判例は「皆無」、いずれも「執行猶予」で「収めよう」とする安易さはないか。この事件(悲劇の連鎖)の発端は、妻の「嘱託殺人」に対する有罪判決であり、それが引き金となって夫の「嘱託殺人」が誘発されたことは間違いない。司法の判断は間違っていなかったか。その間違いを繰り返していないか。「大いに反省する余地がある」、と私は思う。(2010.3.6)

(安倍首相に続く)稲田防衛相の《嘘》

 稲田防衛相は、13日の参院予算委員会で「籠池氏の事件を受任したこともなけれなば、裁判を行ったこともない。(稲田氏が籠池氏の)顧問弁護士をしたというのは全くの虚偽だ」と発言したが、翌14日の参院予算委員会では「私の記憶が間違っていた。訂正し、おわびする。『虚偽』というのも言い過ぎだった」と答弁を撤回し、謝罪した。(「東京新聞」3月15日付け朝刊・トップ記事「揺れる稲田氏 答弁撤回」)野党四党は、与野党国対委員長会談で、稲田氏の答弁は虚偽だったとして辞任を要求。自民党側は「故意にうそをついたのではない」として応じず、籠池氏の参考人招致を拒否したそうである。(同上記事) 
 稲田氏は「わたしの記憶が間違っていた」ことを認め、答弁を撤回したとき、すでに氏の「政治生命」は絶たれているのであり、防衛相、国会議員を「辞任」しなければ「謝罪」したことにならないという「社会常識」を全く理解していないように見える。間違った理由を「記憶」の所為にして「故意ではなかったから虚偽には当たらない」などと見苦しい弁解は許されない。要するに、稲田氏は国会の場で(言い訳は何であれ)「嘘をついた」(事実ではないいこと強弁した)をことに変わりはないのだから。
 同種の「嘘」は、安倍内閣の面々に蔓延している。その筆頭は「私や妻、事務所を含めて一切関わっていない。関係していたなら、首相も国会議員も辞める」という安倍首相の発言である。安倍首相は「記憶」や「故意」といった心象の次元ではなく、まさに今、事実として「森友学園」と関わりがあるのである。その根拠の一は「妻が名誉校長である(であった)」という事実である。妻が、公人であろうが私人であろうが、安倍首相にとって「他人」である筈がない。安倍首相と関わりのある妻が「森友学園」と関わっているのだから、安倍首相と「森友学園」もまた関わりがある。それが「社会常識」である。その根拠の二は、国有地の売却問題が明るみになった時点で、安倍首相の妻は「名誉校長」を辞任した。もし、一切関わりがないのなら辞任する必要はない。関わりがあったから、「それを絶つために」妻は辞任したのである。これもまた「社会常識」である。安倍首相が、国有地の売却手続きに際して、「一切関わりがなかった」だろうことは当然である。しかし、国有地は「国民の財産」だ。その管理責任を(最終的に)負うのが首相であることも、いわずもがなの「社会常識」である。したがって、安倍首相は、「森友学園」の国有地売却問題に「関わりがある」のである。
 稲田防衛相の「誰にでもバレル嘘」、安倍首相の「姑息・巧妙な嘘」は、氷山の一角かもしれない。いずれにせよ、国民は古来より「嘘つきは泥棒の始まり」という金言を大切にしている。そのことを「記憶」にとどめて、《ゆめゆめ忘るるべからず》《油断は大敵ですぞ》と、安倍内閣の面々に申し上げたい。 (2017.3.15)