梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症からのメッセージ」(熊谷高幸・講談社新書・1993年)再読・26

【知能構造のアンバランス】
《要約》
・自閉症児のWISCの結果から第一に言えることは、空間的な認知に係わる課題の成績が良いことである。動作性検査の中の「積木模様」「組み合わせ問題」「迷路問題」は、空間的な認知や構成力を要する課題だが、標準得点以上の結果を出している。このことは、自閉症児が空間的な枠組みに従って情報をインプットしているらしい事実と符合している。
・第二に言えることは、空間的な課題の結果と対照的に、言語性検査の中のいくつかの検査の評価点が極端に低いことである。ただし「一般的知識」「算数問題」「数唱問題」のように、答が一つしかない場合はできて、「一般的理解」「類似問題」「単語問題」のよう
に、妥当なさまざまな答が考えられる場合はできないようである。つまり、行き先がきまっていないと動けない、という自閉症者の行動の特徴がここでも貫かれているのである。
・第三に言えることは、「数唱問題」の成績が非常に良いよいうことである。これは、自閉症児が外部世界の複雑な変化を関連させて捉えることができないために、刺激を機械的にインプットしていく中で具わった能力であると考えられる。
【マジカル・ナンバーは?】
・「数唱問題」とは、検査者が「7・2・6・4・・・」というように数の系列を唱え、被検査者はそのとおりの順番で、またはそれと逆の順番で系列を再生する課題である。このような条件だと、人は一般に七くらいの要素までしか記憶できないことがG・Aミラーによって明らかにされている。これが「短期記憶」と呼ばれる世界の記憶容量の限界である。
・しかし、被検査者のB君(青年の年齢に近い自閉症児)9個まで、D君(同じ)は8駒で再生することができた。なぜこのように長い数系列を暗記できるのだろうか。彼らの記憶の仕方は私たちの場合と違っているのだろうか。
・検査場面で、健常な子どもや青年は、「目を閉じる」「頭を抱え込む」など、周囲の刺激をシャット・アウトし、刺激痕跡に集中しようとするが、自閉症児は「ぼんやりあたりを見ている」だけで、態度に何の変化も示さない。健常な子どもや青年は、つねに注意を周囲の物事や人々の様子に向けている。いつでも、どこでも、新たな情報を受け入れようとしている。それが「言葉の働きを学習する」行動の現れだが、自閉症児は。雑多な刺激にわずらわされない。その分だけ、純度の高い注意を保てると言えるだろう。
【反対から読む時間】
・B君の「数唱問題」の結果には、驚くべき事実が隠されていた。「数唱問題」には復唱七系列と逆唱七系列がある。逆唱では時間もかかるし、成績も落ちてしまうのが普通だが、B君の場合の逆唱はまったく違っていた。逆唱は正確であり、再生していく速度も復唱とほとんど変わらない。
・自閉症児の中に逆唱の得意なものが多い理由としては、彼らの頭の中に黒板のようなものが準備されているという仮説をもたざるを得ない。もしそういうものが存在すれば、彼らは検査者が唱える数を次々にチョークで黒板に記し、直後に後ろから順番によみあげていくだけでよい。つまり、数系列は音声刺激として時間的順序を追って読み上げられるものだが、彼らはそれをイメージのうえで視・空間的な文字系列として処理している可能性がある。自閉症児は刺激をなるべく自分が処理しやすい形に変換しつつ記憶している可能性がある。
《感想》
・ここでは、自閉症児にWISC知能診断検査を実施すると「同じ傾向」の結果を示すといことが述べられている。動作性検査の結果に比べて言語性検査の結果が「劣る」という傾向であり、また「答が一つ」よりも「答が二つ以上」ある場合、「できない」ことが多い、ということである。それは、多くの自閉症児が「見れば分かる」、しかし「聞いても分からない」という状態にあることを示している。しかし、それは自閉症《特有》の問題であるとは言えない。「聴覚障害児」「学習障害児」にも、そのような例がある。また、私たち自身でさえ、言葉の通じない環境(外国)に置かれれば、同様の状態になるだろう。要するに、「環境に対する不適応状態」を示しているに過ぎないのである。
・また、「数唱問題」で、自閉症児が「驚くべき」高得点をあげている例が紹介されているが、それは「可能性」であり、「問題」「症状」として「採り上げる」べきことではない、と私は思う。
・筆者は、前節の末尾で「自閉症者のもつこのような特性は、知的な活動において有利な面もあれば不利な面もあることは充分想像できる。自閉症者の知能構造は非常にアンバランスなものになっているのである。次に、それをWISC知能診断検査の結果からみつめてみることにする」と述べているので、①動作性優位、②「答が二つ以上」の問題は苦手、③記銘力(記憶力)優位、といった結果を自閉症者の《特性》と考えているようだが、むしろ「環境不適応状態」の特性と言うべきではないだろか。