梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症からのメッセージ」(熊谷高幸・講談社新書・1993年)再読・18

【指さしから言葉へ】
《要約》
・人の子どもは一歳から二歳までの間、いったい何をしているのだろう。その間に、もしくはそれに先立つ時期から、子どもは言葉以外のコミュニケーション手段をさかんに使うようになっている。その代表というものが指さしである。
・他の指を心もち曲げ、ひとさし指だけを立てておこなわれる指さしが、生得的なメカニズムによって現れるのか、または、対象へと手を伸ばす動作の変形として現れるのかはまだ不明である。ただし、それが、こころや行動が向かう方向を自分やまわりの人に宣言する役割をもつようになることは確かだと思う。私たちはたとえ同じ物理的空間の中にいても、視界や視線の方向によって別々の世界をこころに映している。だから、一、二歳児がおこなう指さしには、次のような意味が込められている。【ぼくは犬のオモチャを見ているんだよ。一緒に遊んでほしいんだ】
・この頃、子どもは、まわりの人が自分が注目する対象に気づいてくれたほうが、出来事が面白く展開することを理解するようになったのではないだろうか。それは、彼にとって大きな変化なのである。まだ自分自身は非力であるこの時期の子どもは、大人の力を借りて外界を動かすプログラムを実行しようとする。彼は演出家としての自分にかすかに気づき始めたのである。そして、指示をさらに細かく正確に出すために、指さしだけでなく、言葉を使うようになるのだろう。
(・これに対して、自閉症児は、そのような大人の利用価値について気づいていない。彼は大人を巻き込んだ迫力のあるプログラムを企画することができない。自分だけで実行するプログラムは、どうしても循環的なものになってしまいがちなのである。)
・ただし、指さしだけでは、視界の中にないものは指し示せない。そこで登場するのが言葉である。「ワンワン・キタ」「ブッブー・イッチャッタ」など、この頃現れる言葉は、視界を出入りするものを示す場合が多い。指示対象が視界の中だけで収まりきれなくなったとき、指さしから言葉への飛躍がおこなわれるようである。
《感想》
・ここでは、子どもが言葉を発するようになる以前(1歳前後まで)の、コミュニケーション手段について述べられている。著者は、その代表として「指さし」を挙げている。子どもは、それまで「声」(泣き声、喃語、ジャーゴン)「表情」「動作」で「気持ち」(こころ)の「やりとり」を行ってきたが、「指さし」は、その中の「動作」の一つである。私は、著者の言う「対象へと手を伸ばす動作の変形」として現れるものだと思う。その前に、子どもは「両手を前に差し出して」、「だっこ」を要求したりする。また、欲しい物があると「片手を差し出して」「指で」掴もうとする。さらに、その前に、子どもは、「見る」(視線を向ける)という動作をしている。だいて欲しい人の顔を見ている。欲しい物を見ている。この「見る」という動作と「手を伸ばす」という動作が協応(結合)して「指さし」に発展するだろうことは、「ほぼ確実」である。また、さらに、その前には、「見る」ことが「楽しい」「面白い」という気持ちに結びつき、物を手渡されたり手渡したりする「喜び」が芽生えていなければならない。一言でいえば、まわりの人との「愛着関係」が成立していなければならない、と私は思う。著者は「自閉症児は、大人の利用価値にきづいていない」「大人を巻き込んだ迫力のあるプログラムを企画することができない」と述べているが、それが《なぜか》については言及していない。
・私の知る自閉症児は、危険防止のため「手を使う」動作を著しく制限された。本箱から本を抜き取ること、引き出しから物を取り出すことができないような「環境」の中で、親が「安全」と思う物ばかりを与えられた。例えば、「絵カード」「絵本」「ミニカー」。「積木」は放り投げる、おはじき、ビーズなど小さい物は呑み込む「危険」があるので、与えられなかった。その結果、子どもの興味・関心は「狭められ」「偏った」。異食を防ぐために、「手で掴んで食べる」ことも制限された。そして「一歳半健診」のとき「指さしをしない」ことを指摘されたのである。
・著者は、自閉症児は「大人の利用価値に気づいていない」と述べているが、私は肯けない。「指さし」のかわりに「クレーン現象」(相手の手または手首を持って対象物に向かう)で、大人を動かそうとすることがあるからである。「指さし」と「クレーン現象」の違いは、《象徴》機能の有無にあると思われるが、それが自閉症児の「認知能力」と関連しているかどうか。私の独断・偏見では、「声」を使った「間接的なコミュニケーション」の機会が、致命的に不足していた(している)ためであろう。だが、確証はない。(2015.12.13)