梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症からのメッセージ」(熊谷高幸・講談社新書・1993年)再読・12

【大脳の三つのブロック】
《要約》
・第1ブロックは脳幹、視床下部、大脳辺縁系を含む領域で、欲望や感情に関係するだけでなく、大脳皮質の興奮水準を調節している。第2ブロックは、大脳皮質、すなわち頭頂葉(筋肉感覚と触覚刺激の入力)、側頭葉(聴覚刺激の入力)、後頭葉(視覚刺激)からなる領域であり、情報の受容・分析・貯蔵を担当している。第3ブロックは、前頭葉からなる領域で、運動の実行や制御(運動野と運動前野)と行動のプログラミング(前頭前野)を担当している。つまり、第2ブロックは入力機能を、第3ブロックは出力機能を担当している。この中で第3ブロックは一番最後に成熟してくる。また、前頭前野は、第1ブロックと密度の濃い神経繊維によって結合しているわけだが、自閉症児の場合は、早い時期に第1ブロックに障害が現れたために、結果的に前頭前野にも発達の遅れが現れてこざるをえない、というのが私の中心的な仮説である。
・第3ブロックでプログラミングされる人の行動は、第2ブロックからの視覚・聴覚などの入力情報や第1ブロックから発する情動や興奮によって絶えず調節されている。プログラムは、目標や状況に合わせて絶えず修正されなければならないし、大きなプログラムを実行するためには、中途に小さなプログラムをたくさん入れなければならない。つまり、試行錯誤をしながらゴールへと向かい、また、個々のゴールはより大きなゴールへの中継点となる。
・私たちは、今日の午前中を過ごすプランをもっているが、それは今日一日のプランに組み込まれ、さらにそれはこの一週間のプランに組み込まれる。最終的には人生という最上位のプランをあれこれ考えながら、私たちは生きているのである。このように下位の構造が次々に上位のものに組み込まれて成り立つようなタイプの構造を「階層構造」という。行動プログラムは典型的な階層構造を成していると言えるだろう。
《感想》
・ここでは、旧ソビエトの神経心理学者ルリアのモデルを通して、脳の構造と働きが説明され、「自閉症児の場合は、早い時期に第1ブロックに障害が現れたために、結果的に前頭前野にも発達の遅れが現れてこざるをえない、というのが私の中心的な仮説である」という見解が述べられている。しかし、「早い時期に第1ブロックに障害が現れた」という説明だけでは、私は同意できない。早い時期とはいつか(受胎以前か、胎内か、出生後かが判然としない)、第一ブロックのどこ(脳幹か、視床下部か、大脳辺縁系か)に、どんな障害が生じたのか、について説明されていないからである。
・筆者は、自閉症児が「欲しがらない」「感情表現に乏しい」といった行動特徴を拠りどころにして、そのように推測したにすぎない。
・私の独断・偏見による仮説は、以下の通りである。自閉症児は、もともと感覚過敏な体質であったかもしれない。しかし、そのこととは関わりなく、親の過度な不安(もしくは消極的拒否、放置、放任)に影響されて、極めて不安定な「新生児期」を強いられた(過ごさざるを得なかった)ため、人(親・家族)との「愛着関係」を容易に築くことができなかった。それゆえ、自閉症児の、行動プログラムは、基本的には「回避」である。人、場所、物に対して、まず「回避」するというのが特徴である。それは自分の身を守るために、必要不可欠なプログラムであり、至極当然な方法である。「愛着関係」が不十分なため、「安心感」「好奇心」も乏しく、結果として「学習」は遅滞する。したがって、この「回避」という行動プログラムが修正されなければ、自閉的行動はいつまでも存続し、さまざまな形に変化しながら拡大、固定していくのである。(2015.11.23)