梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症からのメッセージ」(熊谷高幸・講談社新書・1993年)再読・11

【状況・行動規制】
《要約》
・どのようなときには何をしなければならないか。人間も含めてすべての動物の脳にはおのことについての無数のルールが組み込まれている。雨が降れば傘をさすし、部屋に入るにはドアを開ける。つまり、状況が行動を生み出す。
・すばやく状況を認知し、行動するためのルールは、状況・行動規則と呼ばれ、「IF~THEN~」のように表される。IF以下はIF部と呼ばれ、THEN以下はTHEN部と呼ばれる。動物は、非常に多くのIF・THENルールをもっている。巣作りをするときの蜜蜂の行動や狩りをするときのライオンの行動は、実に精巧にできたIF・THENルールの複合を私たちに見せてくれる。
・自閉症児・者にも、このIF・THENルールは出来上がっているが、彼らの行動が異常に見えるのは、私たちの人間の行動が単純なIF・THENルールだけにもとづいているわけではないからである。
・いったん身につけたIF・THENルールを守ろうとする行動がある自閉症児に対して、それを教育に生かすのも一つの方法である。ある状況で、ある行動をしたならば、ほうびが与えられる、というパターンを基本とした指導方法が自閉症児に対してはよく用いられている、「オペラント教育」とか「行動療法」と呼ばれるアプローチである。自閉症児が大変混乱した状態にあったり、ごく基本的な行動も形成されていないときは、この指導法は効力を発する。しかし、オペラント教育では。単純なIF・THENルールしか形成されにくいところがある。
・問題は、自閉症児が状況に合わせて、分岐のある長い道のりを進んでいけないところにある。人以外の動物の場合には、AならばBというパターンで行動がつくられていることが多い。いわゆる本能的行動と呼ばれるものである。本能的行動の中には、A→B→C→D・・・というように非常に長い行動の連鎖でできているものもある。しかし、本能的行動に比較的強く依存しながら生きていけるのは、同一環境のもとで一生を送る、ヒト以外の動物の場合だけである。他の動物と違って、さまざまな環境のもとで暮らすことになった人間の場合には、A→B→C→D・・・というように一直線に進むわけにはいかず、節目ごとに立ち止まり、方向を確かめながら行動しなければならなくなったのである。
・ここに至って、人は自然によって与えられたプログラムではなく、自分自身が創造したプログラムにもとづいて行動することになった。このような働きに強く関係しているのが、大脳皮質の前頭葉野であると言われている。
《感想》
・すべての動物の脳に組み込まれている「状況・行動規則」は、動物と人間、さらに自閉症児・者との間に、どのような共通点、差異点があるか。筆者の論述を整理すると以下のようになるだろう。
◆動物の場合:同一環境のもとで一生を送るので、A→B→C→D・・・という本能的行動の連鎖で生きて行ける。
◆人間の場合:さまざまな環境で暮らすことになったので、A→B→C→D・・・というように一直線に進むわけにはいかず、節目ごとに立ち止まり、方向を確かめながら行動しなければならなくなった。自然によって与えられたプログラムではなく、自分自身が創造したプログラムにもとづいて行動しなければならなくなった。
◆自閉症児・者の場合;AならばBというパターンで行動を形成することはできるが、状況に合わせて、分岐のある長い道のりを進んでいけない。(自分自身でプログラムを創造することができない)
 そして、この「状況・行動規則」は、大脳皮質の前頭葉野が強く関係している。 
・私は前節の最後に「自閉症者の行動の問題をもと根本のところから考えてみるためには、人や動物の行動の成り立ちの問題にまでさかのぼってみる必要があるだろう」という、著者の指摘には、十分肯ける。期待を込めて読み進めたい、と記した。たしかに、本節で筆者は「人と動物の行動の成り立ちの問題」について言及しているが、人と動物の「差異点」が強調されているばかりで、両者の「共通点」は見落とされているように思われる。人は動物に比べて未熟な状態で出生し、生後1年間は、他の動物の「胎内生活」に相当する時間を過ごさなければならない。自閉症という問題は、まさに「その時間」の中で発生するのではないか、という観点は、筆者も指摘していたと思うが、動物の新生子、人間の新生児にとって「共通」している点は、肺呼吸、哺乳の開始といった「生命維持」活動に加えて、「自分の身を守る」ための「愛着」(親への接近)行動、さらに「敵の攻撃をかわす」ための「回避」行動ではないだろうか。
・自閉症の行動特徴は、この「愛着」行動が乏しすぎる、あるいは激しすぎて、つねに「回避」行動というプログラムが優先し、定着・固定してしまう結果として現れるのではないだろうか。
・筆者はこれまでに、自閉症は「脳幹・視床下部・大脳辺縁系」といった脳の部分に「機能的な障害をもっている可能性がある」と述べている。だとすれば、自閉症の問題を「状況・行動規則」不全に《特化》して、大脳皮質・前頭葉野に「関係づける」ことは、論理の「飛躍」ではないだろうか、と私は思った。(2015.11.21)