梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症からのメッセージ」(熊谷高幸・講談社新書・1993年)再読・7

【生後二年目の飛躍】
《要約》
・人の発達は、生後一年間の不自由があるからこそ、その後の発達が飛躍的なものとなる。・直立し、高い視野と達者な足腰をもつようになった人の子どもは、ハイスピードで世界を拡大し始め、そのまま、彼の養育者である母の視野の外まで飛び出してしまいそうに見える。しかし、そうしないのは、そのときすでに母との感情的な結びつきができているからにほかならない。母との共生状態にあった一年間は、母なしではすべてが始まらない日々であり、そのとき味わった感触はその後も彼のこころにとどまるのである。母は母であるばかりでなく、安らかさを与えてくれる何ものかであり、苦痛を和らげてくれる何ものかであり、彼が生きている場所の彩りだった。その母は、彼が歩き始めても後からついてきてくれる温かな視線であり、一緒に視野を拡大していく彼自身の半分なのである。
・このような関係を感知するのは、外界の光や音からなる情報を正確に認知する脳の皮質の働きではないに違いない。そのような知的な方法だけで母を認知したとしたら、その輪郭は整いすぎて、母は温かな光を発するのをやめてしまうに違いない。
・人の子どもは、人類が祖先から受け継いだ原始のエネルギーを愛着という感情に育てながら、母またはそれに代わるひとにめぐり合うのではないだろうか。このエネルギーの発生源は、進化の古い段階から私たちが受け継いだ脳の深部の諸領域であると考えられる。自閉症児の脳の機能障害がこのあたりの脳に関係しているらしいことは、先に述べたとおりである。
・多くの自閉症児が、二、三歳となり、自由を獲得したとき、母の視野から離れて戸外に飛び出したり、高い所に登って人々を驚かせたりするようになる。このような事件を起こす背景には、脳の機能障害に関係した母と子の感情生活の不成立が横たわっているのではないだろうか。それは、生後一年間の母と子の蜜月時代に、目立たないけれどもゆっくりとつくられるものなのである。
【言葉のリモコンスイッチ】
・自由になった手足によって生きる世界を拡大した人の子どもは、さらに、もう一つの武器によって世界を支配するようになる。それは言葉という武器である。
・だが、この武器を使いこなすのは、たやすいことではない。彼はそれまで、他の動物と同じように、生来もっている泣き声や表情や手足の激しい動きを用いることによって他者と交信してきた。その状態を打ち破り、言葉を武器にするようになるということは、一種の革命であり、新しい武器の発明である。
・「アー」とか「ウー」という音に代表される、言葉となる前の幼児の不明瞭な音声は喃語と呼ばれる。この喃語が言葉に発展するのは、大人の言葉の模倣によるといわれている。しかし私は、模倣という受動的概念だけでは、この革命的な出来事は説明できないと思う。子どもは、このあやふやな音の中に未知なる力を発見するようになるのである。
・このことを、私の長男が10カ月の頃に私と交わした音声のやりとりをもとに考えてみよう。長男はその頃、「アグー」という喃語らしき音をよく発していた。そこで私は、長男のかたわらで、その音を小さな声で真似してみた。すると長男は、そのどこからともなく聞こえてきた音に探りをいれるかのように、「アグー」と自らの音声を発し始めた。そこで私がまたその音を繰り返すと、今度は、やや挑戦的に、少し大きめの声で長男は、この音を発するのだった。「アグー」(私)→「アグー」(長男)→アグー(私)→「アグー」(長男)。この過程は一見、模倣による学習そのものに見える。しかし、長男にとっては、最初の私の音声はきっかけであったにすぎず、外部からくるこの音の発生を自分の発声によって再現させては確かめていたのではないだろうか。
・そして、彼の発達を楽しみにするあまり私が一方的に音声の見本を示すときよりも、長男の口からもれたかすかな音を私が追ったときの方が音声活動は活発となるのだった。 
・こうして人の子どもは、手も足も使うことなく、わずかな口の動きだけで外部の世界に影響を及ぼすことができることに、かすかに気づき始めるのである。「マンマ」と一言いうだけで、まわりの人に食物をすぐ目の前に持ってこさせる働きをするものなのだ。
・ところが自閉症児は、言葉のもつこのリモコンスイッチとしての役割に気づかないまま成長してしまうようである。
《感想》
・ここでは、子どもの発達上不可欠な、極めて重要なポイントが指摘されている、と私は思う。その一は、生後まもなくから1年の間に形成される、母子の「愛着関係」であり、その二は、声(音声)が言葉{信号)として使われるようになるプロセスである。
・著者の熊谷高幸氏は、自閉症の原因を「脳の機能障害」に求めているので、母子の愛着関係が形成されにくいのも、言葉のもつリモコンスイッチに気づかないのも、すべて自閉症児の側に問題が生じていることになるが、私は肯けない。
・第一に、「母との共生状態にあった一年間は、母なしではすべてが始まらない日々であり、そのとき味わった感触はその後も彼のこころにとどまるのである。母は母であるばかりでなく、安らかさを与えてくれる何ものかであり、苦痛を和らげてくれる何ものかであり、彼が生きている場所の彩りだった。その母は、彼が歩き始めても後からついてきてくれる温かな視線であり、一緒に視野を拡大していく彼自身の半分なのである」と述べているが、もし、子どもが《母なしでもすべてを始めなければならない日々》を強いられたとすればどうなるだろうか。また、《母は母であるばかり》で《安らかさを与えてくれ》ない何ものかであり、少しも《苦痛を和らげてくれ》ることがなかったとすればどうなるだろうか。
・第二に、「人類が祖先から受け継いだ原始のエネルギーを愛着という感情に育てながら、母またはそれに代わるひとにめぐり合うのではないだろうか。このエネルギーの発生源は、進化の古い段階から私たちが受け継いだ脳の深部の諸領域であると考えられる。自閉症児の脳の機能障害がこのあたりの脳に関係しているらしいことは、先に述べたとおりである」とあるが、人類が祖先から受け継いだエネルギーを愛着という感情に育てるのは誰か、その主体が判然としなかった。母か、それに代わるひとか、それとも子ども自身か、あるいは母と子どもの両方か。そしてまた、「人類が祖先から受け継いだ原始の」生活は、この文明社会において著しく変容していることを見落としてはならない、と私は思う。人類が祖先から受け継いだ原始の「出産」「育児」の方法は、今、どこを見ても見当たらない。しかし、エネルギーだけは「存続」していると断言できるだろうか。
・第三に、子どもが発している喃語を、大人が真似しながら、言葉のもつリモコンスイッチに気づかせていくという熊谷氏の方法は、全く正しい。とりわけ、「彼の発達を楽しみにするあまり私が一方的に音声の見本を示すときよりも、長男の口からもれたかすかな音を私が追ったときの方が音声活動は活発となるのだった」という《事実》(真実)は、極めて重要である。それゆえに、①もし、親が熊谷氏のような方法を採り入れなかったら、②もし、子どもの「発達を楽しみに(促進しようと)するあまり」親が「一方的に音声の見本を示し」続けたとすれば、どのような結果になるだろうか。
 私の知る自閉症児の親は、生後8カ月頃から、「略画の絵カード」(楕円形)を見せ、童謡のCDを聞かせ、「絵本」を読み聞かせ続けた。子どもは、その絵カードの上下を正しく見分けることができ、その名称を聞き分けることができるようになったが、絵カードを手に持ってヒラヒラと振ったり、自分の頬にこすりつけたりする行動も目立った。また、1歳半頃には、童謡・唱歌を「音程正しく」歌い始め、絵本の文章をスラスラと暗唱するようになったが、言葉で「返事」をしたり「要求」したり「会話を楽しむ」ことは、4歳になった今でも、極めて不十分である。(2015.11.14)