梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(28)・Ⅷ章 自閉症の薬物療法・2

【要約】
【2.薬物療法の実際】
1)薬物療法の主な対象
・薬物療法の対象は、非特異的な情緒障害や異常行動、および自閉症に合併する精神医学的状態の2つに大別する。
⑴非特異的な情緒障害や異常行動
・パニック、自傷行動、攻撃行動、睡眠障害については薬物療法を早期に開始して症状をいくらか軽滅させつつ適切な働きかけをしていくことがしばしば有効である。
・常同行動については、程度が著しくて適応上の問題の大きい場合以外は、一般には薬物療法の適応とはならない。
①こだわり
・こだわりとは、日課や道順や物の位置や状態などをいつもと同じようにする行動であり、この変化を嫌うということは同一性の保持とも言われ、ほぼすべての自閉症児に認められる。
・こだわりに対しては、高力価の神経遮断薬であるハロペリドールやピモジドが少量(例えば、ハロペリドール0.5~3mg/dayくらい、ピモジド1~6mg/dayくらい)で有効なことが多い。フルフェナジン(高力価の神経遮断薬)も、ときには用いられるが、副作用(錐体外路症状)の予防のために、服用開始時には坑パーキンソン剤の併用が望ましい。
②パニック、自傷、攻撃行動
・パニック(不安が強まり混乱して大騒ぎをする状態)は自傷や他害に発展することがある。
・これらの異常行動は、社会適応を大きく妨げるために薬物療法の対象となることが多く、効果がかなり期待できるものである。
・ハロペリドール、ピモジドなどの高力価の神経遮断薬あるいはクロルプロマジン、チオリダジン、プロペリシアジンなどの鎮静的な神経遮断薬が少量(クロルプロマジンでは5~50mg/dayくらい)で有効なことが多い。坑パーキンソン剤の併用が望ましい。これらでも改善が認められない場合は、感情調整薬を併用したほうがよいことがある。(坑けいれん剤:バルプロ酸・カルバマゼピン・フェニトイン・クロナゼパム・フェノバール、リチウム)
③睡眠障害
・鎮静的な神経遮断薬の中でもレボプロマジンがごく少量(5~10mg/dayくらい)で著効を示すことが多く、重症な場合には第一選択と言えよう。ただし、ほんの数mgの差で過鎮静を起こすことがあり、量の微妙な調節が必要である。さほど重症でない場合には、坑ヒスタミン剤の塩酸シプロヘプタジンでも改善することがある。
④多動
・少量のハロペリドールやピモジドなどが有効なことが多い。中枢刺激剤は、多くの場合無効あるいは有害とされている。
⑵自閉症に合併する精神医学的状態
①トゥレット障害および全般的チック
・運動チック(まばたき、首振り、全身を震わせる)、音声チック(咳払い、鼻鳴らし、卑猥な言葉を言ってしまうプロラリア)の症状は増悪と軽快を繰り返しながら長期間持続する。自閉症での合併の頻度が比較的高い。
・少量のハロペリドールあるいはピモジドの服用が必要かつ有効と思われる。
②“神経症様”状態
a.“強迫神経症様”状態
・自閉症のこだわりでは、真の強迫症状と判定できる場合は少ない。しかし、知能の高い症例では、強迫行為のみではなく強迫観念も認められることがある。また一般にも、思春期になり、こだわりが増強する自閉症は少なくない。持続する場合には、薬物療法の検討をしたほうが治療上適当と思われる。
・少量のハロペリドールあるいはピモジドが有効なことが多い。不安が強い場合には,少量の鎮静的な神経遮断薬か感情調整薬の併用が考慮されよう。知能が高く、病識が言語的に十分確認できる例では、坑不安薬であるプロマゼパムが少量で有効かもしれない。セロトニン再取込み阻害剤であるクロミプラミンの使用は慎重にしたほうがよいと思われる。
b.“不安神経症様”状態
・坑不安薬を大量に使用すると、しばしば、かえって混乱する。少量の神経遮断薬か感情調整薬を服用すると改善することが多い。さらに、少量の坑不安薬(ジアゼパムでは4~6
mg/dayくらいまで)を組み合わせるとより有効な場合がある。
③周期性気分変動(過活動状態および減動状態)
・“気分変動”(行動量の増減から推察する)が思春期以降の自閉症に起こり得ることが明らかになっている。
・成人の感情障害で用いられる感情調整薬を基本にして、神経遮断薬などを適宜加えることで、安定させることができよう。
・坑うつ剤の(単独での)使用は適切ではないことがある。
④“精神分裂病様”状態
・基本的には、神経遮断薬が有効であり、ハロペリドールなどの高力価な薬剤と鎮静的な薬物の併用となることが多いと思われる。意外と少量で効果が上がることがある。精神分裂病で通常予測されるよりも過鎮静をきたしやすいので、注意が必要であろう。意識障害や気分変動が認められて非定型精神病に類似した病像の場合には感情調整薬などの使用も考えられる。
⑤てんかん
・通常のてんかん発作と同様に、発作型や脳波所見を参考にして薬剤を選択して、血中濃度を測定しつつ服用量を調整していくのが基本である。多様な発作に有効であること、認知・行動上の副作用が少ないことから、バルプロ酸がよく使われる。
⑶その他
・発達の促進や賦活的な効果を通して行動の改善を図るという薬物療法もある。
2)薬物療法を活かすために
⑴薬物療法に過度に期待することも、副作用を過度に恐れることも誤りである。現在の薬物療法の多くは対症療法的であり、適切な働きかけと組み合わさることでその効果を発揮することを念頭に置いておきたい。
⑵異常行動が長びいて自閉症児と周囲の人々との関係が悪化している場合には、薬物療法の可能性を考慮する。早期に薬物療法を導入したほうが、結果的には服用量少なかったり、服用期間が短くて済むことも多いようである。
⑶薬物療法を開始したら、服用量の調節や服用の中止などを勝手に行わず、医師の指示を仰ぐようにする。また、服用状況をきちんと医師に報告する。特に、坑けいれん剤については減薬や中止でてんかん発作を誘発する可能性があるので、決して勝手な調節を行ってはならない。
⑷薬物療法の有効性や安全性を的確に評価するためにも、自閉症児にかかわる人々と医師とが連携や協力を図る。服薬開始後の変化がすべて薬物の影響と決めつけずに総合的に検討することが必要である。また、薬物療法をより的確に評価するためには、異なった立場からの情報を付け合わせたほうがよい。親の報告だけでなく、子ども自身の行動の観察が必要なのはもちろんであるが、療育・教育機関などからの情報もしばしば有用である。評価の客観性を高めるために、あらかじめ観察のポイントを打ち合わせておいたり、共通の評定票を使用するのもよいかもしれない。てんかん発作については、発作の起きた時間や状況、発作時の子どもの様子、持続時間などの情報が薬剤の選択や調節上でとても参考になる。
【3.主な薬物療法・・歴史と到達点・・】
・ここでは、神経伝達および自閉症における生化学的研究についてまず簡単に述べる。その後に、脳機能の改善を目的にする薬物、非特異的な情緒障害や異常行動および合併する精神医学的状態の改善を目的とする薬物と大きく二分した上で、主な薬物について1つずつ概説した。
1)神経伝達と生化学的研究
⑴神経伝達
・神経細胞(ニューロン)には長い軸索が伸びており、その終末と次の神経細胞との接合部にはシナプスが形成されている。情報は樹状突起から細胞体を通って軸索へと電気的に伝わる。他の神経細胞との間ではシナプスを介して神経伝達物質によって化学的に伝達される。
・神経伝達物質は、送り手側のシナプス前膜からシナプス間隙に放出されて、受け手側のシナプス後膜にあるリセプターに結合する。リセプターはそれぞれの神経伝達物質に特異的であり、両者は鍵と鍵穴のような関係にある。情報が伝わってしまうと、シナプス間隙に残っている神経伝達物質はシナプス前膜に再取り込みされたり代謝されたりして不活性化される。
・神経伝達物質には、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、アセチルコリンなどがある。自閉症で最近注目されつつあるものにエンドルフィンなどの内因性オピオイドペプチドがある。どの神経伝達物質が主に作用するかによって、神経系はいくつかの系列に分けて考えられる。
・薬物には、これらの神経伝達物質と同じように作用するもの、神経伝達物質がリセプターに結合するのを阻害するもの、神経伝達物質を放出させてその機能を低下させるもの、神経伝達物質の再取り込みを阻害するものなどがある。神経伝達物質の代謝に関与する補酵素も薬物治療に用いられることがある。
⑵自閉症における生化学的研究
①ドーパミン、セロトニン
・ドーパミンとセロトニンは精神障害の病態とも関連して注目され、研究されている神経伝達物質である。精神分裂病におけるドーパミン系の機能亢進や、躁うつ病におけるセロトニン系の機能低下が想定されている。
・ドーパミンやセロトニンについては、それぞれのリセプターが存在し、その機能が異な
・ドーパミンの代謝については、フェニルアラニン→チロシン→DOPA→ドーパミン→ノルアドレナリン→アドレナリンという経路を辿るが、ドーパミンの代謝経路の最終産物が、ホモバニリン酸(HVA)である。この代謝経路に働く酵素に対して、ビタミンB6あるいはR-テトラハイドロバイオプリテンが、補酵素としてその働きを助けるように作用する。ビタミンB6は、この他の多くのアミノ酸代謝経路にも作用する。
・自閉症については、HVAが、脳脊髄液中では正常から高値、尿中では高値と報告されている。
・セロトニン代謝については、トリプトファン→5-HTP→セロトニン→(モノアミサン酸化酵素)→水酸化インドール酢酸(に分解される)という経路をたどるが、この中でもビタミンB6とR-テトラハイドロバイオプリテンが補酵素として作用する。
・自閉症の約1/3で血中セロトニンの高値が認められるという報告が多い。ただし、値のばらつきが多く、低値の者も少数存在する。
②オピオイド
・モルヒネと特異的に結合するリセプターが脳内に存在することが認められ、その結果、内因性のモルヒネ様ペプチドであるオピオイドペプチドが発見された。オピオイドには、エンドルフィン、エンケファリン、ディノルフィンがある。
・オピオイド系は脳内に広く分布しており、痛みへの反応をコントロールするのみならず、情緒や意欲にも関与している。内因性のオピオイドはセロトニン系と密接な関係がある。
・内因性のオピオイドが発達過程をコントロールしていることが示唆されている。
・少量のオピオイドを与えた幼弱動物と自閉症児とには、痛覚の鈍麻や自傷行為などの症状の類似性が認められる。その症状を呈した実験動物にオピオイド拮抗薬であるナロキソンを与えると、症状が消退する、自閉症児の脊髄液中でエンケファリンが上昇している、という報告もある。
2)脳機能障害の改善を目的にする薬物
・このカテゴリーの薬物はすべて研究途上にあるものばかりであり、本態に迫る治療とは言いがたいのみならず、有効性が乏しいのが現状である。効果と副作用のバランスに問題があるのでよりいっそう配慮する必要があると言えよう。
⑴坑痴呆薬あるいは向知性薬
①ペントキシフィリン
・脳の微小循環改善による脳血流増加作用をもつ薬物である。オープン試験で評価して改善が見られたものの、頻度や程度は顕著ではなく、二重盲検法では効果は確認されていない。副作用は軽微で少ない。
②塩酸ビフェメラン
・脳内のアセチルコリン、ノルアドレナリン、セロトニンの低下を抑制する薬物である。自閉症に試みられた報告が散見されているが有効性などについては検討途上と言えよう。
⑵ビタミンB6を中心とするビタミンB群
・ビタミンB6の大量療法については交叉二重盲検法で評価した研究がいくつかあり、自閉症の一部では部分的に行動を改善することが認められている。(
Rimland,et al.,1978; Ellman,1981; Lelord,et al.,1981)また、尿中ホモバニリン酸(HVA)を服用前後で比較したところ、自閉症児では健常対照児と異なり、初めは高値であったものが正常近くに低下していたという(Lelord,et ai.,1981)このことから、ドーパミン系への作用が大きいかに見えるが、ビタミンB6が作用する代謝経路は数多く、単純には結論できない。
・効果は著しくなくとも、通常の薬物より副作用が少ないことを考え合わせると、ビタミンB6にはある程度の有用性はあると思われる。
②その他のビタミンB群
・きちんとした二重盲検法での研究報告はない。
③L-DOPA、5-HTP
・L-DOPAはドーパミンの前駆物質であり、5-HTPはセロトニンの前駆物質である。
・自閉症者に対してL-DOPAか5-HTPあるいは両者を使用したところ1/3で有効であったが、イライラがひどくなったり、睡眠障害が誘発されたりして悪化例が認められたと報告されている(成瀬,1988)。
⑷フェンフルラミン
・フェンフルラミンはセロトニンを放出し機能を低下させる薬物(枯渇剤)である。自閉症では血中のセロトニンが高値であることから、セロトニン系の過活動を自閉症の原因と仮説して治療に導入された点が特徴的である(Geller,et al.,1982; Ritvo,et al.,1983)。
・実際に、フェンフルラミンの服用によって血中のセロトニンの低下が認められたが、その結果については概ね否定的であった。さらに、神経毒性であることが指摘され、安全性に疑問が持たれている(Aman & Kern,1989)
⑸R-テトラハイドロバイオブリテン
・R-テトラハイドロバイオブリテンは、カテコールアミンやセロトニンの代謝経路に作用する補酵素でもある。二重盲検法(成瀬・武貞,1988; 成瀬ら,1990)や多施設におけるオープン試験(長畑ら,1990)により評価されたが、著しい改善は認められなかった。1992~93
年に多施設共同で二重盲検法による試験が改めて行われ、有効性は否定された。
3)非特異的な情緒障害や異常行動および合併する精神医学的状態の改善を目的にする薬物
⑴神経遮断薬(強力安定剤あるいは坑精神病薬)
・神経遮断薬は、自閉症の対症的薬物療法の中心であり、かなりの効果を上げられることが明らかになっている。
・まず、副作用の主なものについて簡単に説明する。
*神経遮断薬副作用チェックリスト(ニューヨーク大学メディカルセンター)
1.食欲不振 2.体重減少 3.体重増加 4.鎮静 5.過活動(の悪化)6.活動減少状態(の悪化)7.易刺激性 8.多尿 9.流涎 10.ジストニア 11.アカシジア 12.振顫 13.口渇 14.排尿困難 15.便秘 16. 歯車現象 
・しばしば起こり副作用として、錐体外路症状がある。筋強剛(身体がスムーズに動かなくなる、歯車現象)、振顫(パーキンソン症状)、ジストニア(筋緊張が亢進した状態で、首がねじれたり口があいたままふさがらなくなる)、アカシジア(足が勝手に動いてしまってじっとしていられない)。これらは、坑パーキンソン剤の併用により容易に消失・軽快させることができる。小児では、錐体外路症状が起こりやすいので、神経遮断薬の服用開始時には坑パーキンソン剤の併用が望ましい。
・錐体外路症状に関連する副作用として、遅発性ジスキネジアが注目され研究されてきた。ジスキネジアは不随意運動の一種であり、口の周囲を中心とする顔面のややゆっくりとした動きが代表的である。ジスキネジアの頻度については報告によって幅が広く、Perryら(
1985)は、小児・青年では8~51%とまとめている。Gampbellら(1988)は、82例の自閉症児(2.3~8.2歳)にハロペリドールを6か月間使用して異常不随意運動尺度を用いて評価したところ、24例にジスキネジアを認めたが、これらはすべて可逆性であったと報告している。
・ジスキネジアという副作用を念頭に置いておくこと、薬物療法を開始する前の運動症状(常同運動やチック症状)を評価しておくことが望ましい。
・以下に、主な神経遮断薬について個別に述べる。
①ハロペリドール
・ドーパミンに拮抗する作用の強いプチロフェノン系の神経遮断薬である。情緒不安定、攻撃性、多動をはじめとする情緒障害や異常行動に対する有効性が高いとされている。
・Campmellら(1978)、Andersonら(1982,1984,1989)、Perryら(1989a,1989b)、Joshiら(
1988)により、常同行動・引きこもりの改善、多動行動の改善、多動・かんしゃく・引きこもり・常同行動の減少と対人交渉の増加、落ち着きのなさ・引きこもり・反応性の乏しさ・言葉の偏り・常同行動の改善、多動・攻撃性の減少と対人関係の改善、が報告されている。
・我が国では、多施設交叉二重盲検法でピモジドを評価する際にハロペリドールが比較に用いられ、ともに偽薬より優れていることが示されている(小児行動評価研究会,1980)。
・全身におよぶような重度のチック症状が持続する場合には、ハロペリドールの使用が望ましい。
②ピモジド
・坑ドーパミン作用の選択性がハロペリドールよりも高い、高力価の神経遮断薬であり、ハロペリドールとほぼ同様の標的症状に用いる。
・効果の程度は、ハロペリドールと大差なかったが、意欲については優れていた。また、鎮静を起こしにくいという報告もある。
③低力価で鎮静的な神経遮断薬
・クロルプロマジン、チオリダジン、プロペリシアジン、レボメプロマジンなど、情緒不安定や攻撃性などを鎮静することを目的に使われることが多い薬物である。
・アメリカでは発達障害者の破壊的行動に対して最も多いのが神経遮断薬であり、その中でもチオリダジンが最も多い(NIH,1990)。精神発達遅滞ではチオリダジンが少量で攻撃行動に有効であるが、認知機能や作業成果が落ちるという報告がある。
・レボメプロマジンは特に過鎮静をきたしやすく、日中の使用は慎重に考えたほうがよい。安定した睡眠を得るには最適の薬物と言える。
⑵感情調整薬
・坑躁薬とも言われており、躁病や躁うつの気分変動の治療に用いられる。自閉症をはじめとする発達障害においても周期性気分変動や衝動性・攻撃行動を標的にした使用も試みられるようになってきた。
①炭酸リチウム
・躁病や躁うつ病の治療薬である。その他の精神障害でも感情が双極性の変化を示したり、衝動性・攻撃性の強い場合に試みられている。
・Campbellら(1972)、Kerbeshianら(1987)の報告に、攻撃行動が改善した例がある。
・精神遅滞の攻撃行動に関しては、多くの報告がリチウムの有効性と安全性を示している。特に、多動で情緒不安定な者に最もよく効くと言われている(Stewart,1990)
・自閉症でも、周期性気分変動、攻撃行動を主な標的として試みてみる価値があるように思われる。(脳波の悪化、けいれんの誘発という副作用に注意を払うことが必要である)
②カルバマゼピン、バルプロ酸
・元来は坑けいれん剤であるが、躁病や躁状態に有効であることが明らかになってきた。
・精神遅滞の攻撃行動にカルバマゼピンが有効であるという報告がある(Stewart,et al,1990)。
・てんかんの治療のためにカルバマゼピンを服用していた自閉症児において発作のみならず自閉症状の改善も認められたという報告がある(Gillberg,1991)。
・今後は、周期性気分変動や衝動性・攻撃性を主な標的として自閉症でも試みていく価値があると思われる。(脳波所見が効果の予測に役立つか、服薬中止時にけいれんを誘発しないかなど有効性と安全性に関して検討すべき点がある)
⑶オピオイド(阿片様物質)拮抗薬
・ナロキソン、ナロトレキソン。
・オピオイド系が痛みへの反応をコントロールすることから、当初は自傷行為を標的として自閉症の治療に導入された。
・Herman,et al.,1987、Campbell,et al.,1989、Walters,et al.,1990、Pankseep,1991らの報告によれば、自傷行為の頻度が減少、引きこもりが改善・常同行動が減少、自傷行為が減少・対人関係が改善、多動・攻撃性・自傷行為・常同行動が減少、社会的接触を求めるようになったという。
・オピオイド系は自閉症の本態にかかわる可能性もある。
*我が国では自閉症の治療に使用できない。
⑷セロトニン再取込み阻害剤
・クロミプロミン、フルオキセチン、フルボキサミン。
・坑うつ剤の中でも神経終末におけるセロトニン再取込みを阻害する作用が強い薬物であり、強迫性障害に有効であるとの報告が最近多い。
・自閉症に対する使用は今のところ逸話的なものにとどまっている。
・我が国ではクロミプロミンが使用可能であるが、抗うつ剤は自閉症の行動を悪化させる可能性が高いと思われるので、“強迫的”症状へ安易に使用することは望ましくない。
⑸中枢刺激剤
・メチルフェにデート、ペモリン。
・多動症候群に対する第一選択薬であり、自閉症には禁忌とされていた。最近になり、自閉症に有用な場合もあるという症例報告が散見されるようになったが、無効ないし有害なことが多く、使用しにくい薬物であることに変わりはない。
⑹坑けいれん剤
・てんかん発作があれば、通常のてんかんに準じて使用するのが原則である。
・服薬をいつ開始するか、いつまで継続するかについては検討が必要である。(自閉症の中には生涯における発作回数の少ない者がいる。重度の精神遅滞を伴い脳機能障害が重いと想定される場合には、発作消失後に服薬を中止する時期を定めにくい。
・薬剤選択にあたっては、発作型や脳波所見が大きな助けとなる。
・自閉症のてんかん発作は大発作が多いとされているが、複雑部分発作も少なくないので、てんかん発作について注意深い観察をして、発作型に合わせて薬物の変更や調整を行うことが望まれる。
・認知への悪影響が少ないように配慮することも大切である。
・フェノバルビタールやクロナゼパムなどのジアゼパム系が、混乱や多動などの副作用を引き起こすことはよく知られており、注意が必要である。
・てんかん性脳波異常のみで、てんかん発作がない場合に一律に坑けいれん剤を使用するのは望ましくない。
⑺その他
①坑不安薬あるいは緩和安定剤
・多動や混乱を増して状態を悪化させる可能性が高い。少量の神経遮断薬と組み合わせて少量用いるのが安全と思われる。
②β-ブロッカー
・アドレナリンのリセプターのうちで主に末梢のβ-リセプターを遮断する薬物であり、頻脈性不整脈、本態性高血圧、狭心症などの心循環器系の疾患に対して広く用いられている。慢性不安、自律神経系の身体症状に有用なことが明らかになってきた。
・精神遅滞の攻撃行動にたいして有効であるという報告もある(Stewart,et al.,1990)。自閉症においても攻撃行動を主な標的として試みてもよいかもしれない。
③坑ヒスタミン剤
・食欲増進作用がある塩酸シプロヘプタジンは、軽度の睡眠障害に対して使用してもよいと思われる。それでも無効な場合は神経遮断薬の使用を検討すべきであろう。
【おわりに】
・治療教育に一定の限界があることは明らかであり、直接的に脳にアプローチする薬物療法の発展が大いに期待される。しかし、その薬物療法の成果を活かすのは、治療教育を中心とする総合的な治療であることには変わりはないであろう。(金生由紀子)


【感想】
 この著書が発行されたのは1992年、以来20年余り経過しているが、「自閉症の薬物療法」の現状に大きな進展はないようである。現在の東京大学医学部精神科監修のホームページ「自閉症 よりよい治療の手がかりを求めて」を見ても、〈【脳機能障害】 脳機能障害そのものに働きかける薬物は、研究段階にあるものばかりで、現段階では実用化には至っていません。 【異常行動や気分障害】 パニックや自傷/他害/攻撃行動、睡眠障害などが著しい場合や、その他に精神医学的な状態が合併した場合に抗精神病薬(リスペリドン、ハロペリドール、ピモシドなど)を使用することがあります。副作用として身体が硬くなったり、震えたりすることがある(錐体外路症状)ため、抗コリン薬などを副作用改善のために用いることがあります。気分の変動が認められたり、多動と減動を繰り返す場合などに気分安定剤(バルプロ酸、カルバマゼピン、リチウムなど)や抗うつ剤(フルボキサミン、パロキセチン、クロミプラミンなど)を使用することがあります〉と述べられているだけで、本書の内容に加えられる情報は皆無であった。また、国立特別支援教育総合研究所のホームページには、以下のような記事もあった。〈自閉症の治療薬は?― オキシトシンの可能性 ― (国立特別支援教育総合研究所客員研究員 渥美義賢)  現在、自閉症に対する薬物療法は基本的に対症療法です。すなわち、自閉症にしばしばみられる二次障害、すなわちパニックといわれる情動興奮、不安、不眠、抑うつ気分等に対する向精神薬や、てんかん発作が随伴する場合に用いられる抗けいれん薬等が用いられています。一方、自閉症を治癒させる薬物や、自閉症の中核的な症状である対社会性の障害やコミュニケーションの障害、限定された関心等に明らかな効果を持つ薬剤は開発されていません。これまでに、自閉症の症状そのものに有効な薬剤ではないか、としていくつか薬物が候補としてあげられ、現在検討中の薬物もありますが、客観的な有効性の検定を通過し科学的に有効性が証明された薬物はありません。
【オキシトシン】
自閉症に効く薬かもしれない、と最近注目されている物質にオキシトシンがあります。オキシトシンは元々ヒトの体内にあるホルモンのひとつです。これは脳の視床下部内で合成され、2つの経路で2つの働き方をします。(略)1つはホルモンとしての働きで、血液を通して脳以外の全身への働き、主に平滑筋に作用します。(略)神経繊維内を移動して脳下垂体後葉に行き、そこから血液中に分泌されます。血液中に分泌されたオキシトシンは、分娩時に子宮筋を収縮させて分娩を促進させたり、授乳時に乳管平滑筋を収縮させて乳中分泌を促進させる働き等をします。血液中に分泌されたオキシトシンは、脳にある血液脳関門のために脳内に入ることはできません。もう1つの働きは、脳内における神経伝達物質としての働きです。その経路を図1の青矢印で示しました。情動等を司る大脳辺縁系や、それと密接に関連する側座核(略)を中心に脳内に広く伝わります。この脳への働きが近年注目されています。
「愛の薬」? ~脳への作用~
 このような作用があることから、オキシトシンが「愛の薬」と報道されることがあります。そして、社会性・対人関係に作用する可能性があることから、オキシトシンが自閉症の治療薬になるのではないか、と期待されています。自閉症のある人たちへの実験的な投与もなされ、その結果として、社会性の改善、不安・恐怖の軽減、反復行動の改善等が報告され、自閉症の中核症状に有効である可能性が推測されています。期待されるが・・・
自閉症の中核症状がオキシトシン(同じく視床下部で合成され化学構造が類似しているペプチドホルモンであるバソプレッシンも)の投与によって改善されることへの期待は多く、現在多くの研究がなされています。オキシトシンは自閉症の治療だけでなく、うつ病や社会不安障害等の他の精神障害に対する治療にも役立つのではないかと期待されています。
しかし、現時点では自閉症の特効薬になるかどうかについて不明確なことが多くあります。問題点としては、鼻から吸入させる等の投与の方法と脳への移行の問題(血液から脳内にはほとんど移行しない、経口投与では消化管で直ちに分解される)、分解が早いこと(血中では3分間で濃度が半分に分解される)、薬剤の有効性を検定する基本的な方法である二重盲検法による研究がなされていないこと、静脈注射時ですがくも膜下出血や一過性の高血圧、吐き気等の副作用、等があります。オキシトシンが自閉症の治療薬となりうるか否かの解明、治療薬になるとしてそれが実用化に向けて、なお研究されるべきことが多く、かなりの時間を必要とするでしょう。また、オキシトシンの対人関係への作用が自閉症の対人関係の障害の特性に有効かどうかの検証も必要でしょう。オキシトシンの動物実験における社会性・対他関係に対する効果は、プレーリーハタネズミや羊におけるつがいの形成や母性行動の発現ですが、これらはつがい以外の動物や自分たちの子ども以外に対する攻撃性の増強(選択性の形成という重要な母性行動)を含みます。最近の研究で、オキシトシン投与により、自国中心主義を増強する―すなわち身近な対人的陽性感情の増強と疎遠な対人的陰性感情の増強する可能性が報告されました。対人関係と言っても幅広く多様な内容を含むので、オキシトシンが対人関係の変化をもたらすとしても、どのような対人関係にどのような変化をもたらすのかを明確にする必要があるでしょう〉・・・、ということで「自閉症の薬物療法」は未だに「研究途上」、著者らが《まず知っておいていただきたいのは、両親の性格や育て方などが自閉症の原因ではないということです。子供の自閉症発病は両親の責任であるかのように言われていた時代もかつてはありました。しかし、科学的な研究を通じてそれが間違いであることが明らかにされています。》(前出・東大精神科ホームページ)と言うときの、「科学的な研究」の現状が空しく示されているに他ならない、と私は思った。(2014.3.7)