梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(27)・Ⅷ章 自閉症の薬物療法・1

【要約】
《Ⅷ章 自閉症の薬物療法》
【はじめに】
・薬物治療は自閉症の総合的な治療の中で一定の役割を果たすようになってきている。
・「1.薬物療法の意義と問題点」の節では、理論的な説明がしてある。「2.薬物療法の実際」の節は、薬物療法の具体的なイメージアップに役立つと思われる。「3.主な薬物療法・・歴史と到達点・・」の節は個々の薬物について辞書的に使っていただきたい。
【1.薬物療法の意義と問題点】
1)薬物療法の位置づけとその意義
⑴薬物療法の始まり
・1960年以降、自閉症の異常行動に対して神経遮断薬(強力精神安定剤、向精神薬ともいう)が試みられるようになったが、体系だった薬効効果はほとんど行われていなかった。
・1970年代に入って、診断基準の整備や薬効研究の方法論の洗練化が進み、薬物療法の有効性が示されるようになってきた。
⑵診断基準の整備
・DSM(アメリカ精神医学会)やICD(WHO)という診断基準が整備されたことにより、小児・思春期の精神障害の診断が、ある程度客観性を持って行えるようになってきた。
診断に対する薬物療法を目指す方向にあるが、一部の障害を除いてまだ困難であり、自閉症でも症状を標的とした対症的薬物療法が中心である。
⑶薬物研究の方法論の洗練化
・1つには、交叉二重盲検法や統計的処理の採用があげられる。この方法を用いることで服薬中に症状が改善したのがプラセボ効果(薬を飲んでいるという本人や周囲の安心感により症状が改善される)なのか本当に薬の効果なのかが明らかにできるようになった。
・もう1つは、標準的な評価法と観察法が開発されたことである。評定尺度としては、例えばCPRS(Children's Psychiatric Rating Scale:小児の様々な精神障害に対応する項目からなる評定尺度)の中の自閉症に関する項目やCGI(Clinicai Global Impression:7段階で全般的な評価をする)などがあげられる。これらについては、妥当性と信頼性が確かめられている。我が国では、小児行動評価研究会作成の小児異常行動評価表がしばしば用いられる。⑷現時点での薬物療法の位置づけ
・薬効研究の進歩の結果、自閉症においては、高力価(抗精神病作用が強く、あまり鎮静的ではない。坑ドーパミン作用が強い。ドーパミンとは、神経伝達物質の1つ)の精神遮断薬を少量用いると、認知を損なうことなく異常行動を改善できることが示された。しかし、長期服用に伴って、遅発性ジスキネシア(口をもぐもぐさせるなど、顔面の動きが中心の不随意運動。四肢や体幹をねじったり揺すったりする動きが見られることもある。非可逆性であるとされ重要視されている)という副作用が発現する可能性があることから、神経遮断薬に代わる薬物の模索も行われている。
・より本態的な治療を目指して、様々な薬物療法が試みられてきた。少数例で驚異的な改善が報告されても、症例数を増やして交叉二重盲検法で評価すると、効果は確認されないことが常であった。とはいえ、開発していくことはますます必要となろう。
・薬物療法は他とはまったく独立した治療ではなく、治療教育を含む総合的な治療、リハビリテーションの中で考えられるべきである。今後ますます重要性を増していくと思われる。
2)薬物療法の問題点
⑴有効性および安全性の評価
・以下の問題がまだ残されている。
①子どもが発達する存在であることに基づく問題
・薬物療法中に発達が認められた場合に、自然の経過によるのか薬物により促進されたものかの区別が難しい。
・精神・身体の発達への悪影響を完全に予測することは不可能である。
②評価の方法論についての問題
・適切な対象を一定数確保することが難しい。生物学的な指標(脳画像、生化学的検査の所見、器質的障害の合併の有無など)がほぼ均質な群を選ぶことが難しい。IQや太田のStageなどで示される発達の水準や年齢をそろえることも難しい。
・交叉的二重盲検法には不十分な点がある。自然な発達の影響を完全に排除することはできない。
・薬物療法に伴う異常行動の増減や情緒の変移は比較的評定しやすいが、認知機能の発達への影響を的確に測ることは難しく、実際にもほとんど考慮されていない。
⑵薬物の開発
・ここでは、アメリカの食品医薬品局(FDA)による幼児、小児による精神作用薬の臨床評価指針を紹介して、評価の重要性、困難性について述べる。
①FDAの、幼児、小児における精神作用薬の臨床評価指針
・この評価指針は、前臨床試験と4つの相からなる臨床試験で構成されている。
a.前臨床試験
・動物による薬理活性と毒性の前臨床試験が行われる。成長、発育、性的成熟、生殖に関して起こり得る薬剤の影響を、実際に動物で査定する。脳の生理学や化学、神経の発達や機能、学習、認識能力、行動などの変化を広範囲に調べる必要がある。人間のモデルになるような適当な動物で、行動や学習の試験を行うべきとしている。
b.臨床試験
・〈第1相前期・初期試験〉短期間(2,3日)の投与による安全性の試験である。まず、健康な成人での試験を経た上で、少人数(6~10人)の小児科患者で行われる。
・〈第1相後期〉有効性および安全性の予備試験が行われる。有効性の測定にあたっては、妥当性、信頼性、感度を考慮した尺度を用いるべきであるとしている。安全性の樹立のためには、行動・心理学的状態と、身体的特徴・発育と、全般的な身体的・生理的状態という3つのパラメーターを調べるべきとしている。
・〈第2相〉治療効果の可能性と安全性に関する明白な根拠を樹立するための最短期間の試験が行われる。この段階では、客観的な有効性の根拠を得るためにプラセボを対照とする二重盲検査法が行われるべきとしている。
・〈第3相〉有効性・安全性試験の延長である。市販される前の最終段階であり、より多くの群の患者を含む、広範囲の管理された臨床試験が行われなければならないとしている。この段階では、市販薬が使える場合には、既存の薬剤と新しい薬物との比較は欠くことのできないものとしている。
②日本の現状と今後の問題点
・日本においては、ホパンテン酸カルシウム、ピモシド、ペントキシフィリンの3剤について、治験が行われ、現在、ピモシドのみが(自閉症に使用する薬物として)厚生省に認可されている。ハロペリドールは、有効性と安全性が確認されたものの、認可は受けていない。実際にはこれらの薬物療法によって恩恵を受ける自閉症児が多数存在しており、その安全性が比較的高いことも臨床的に確かめられている。
・自閉症の治療薬がまったく孤立して他の薬物との比較検討が困難になったり、製薬会社が自閉症の治療薬の開発を放棄するようになるのは望ましくない。
・薬物の使用と開発に際しては、子ども自身からどのようにして同意を取るかということも含めた倫理面の考慮も必要と思われる。


【感想】
 著者らは、【はじめに】で、〈「1.薬物療法の意義と問題点」の節では、理論的な説明がしてある」と述べているが、肝心な「理論」は一向に判然としてこなかった。要するに、①薬物療法は、「自閉症においては、高力価の神経遮断薬を少量用いると、認知を損なうことなく異常行動を改善できることが示された。(中略)しかし、神経遮断薬の長期服用に伴って遅発性ジスキネジアという副作用が発現する可能性がある」という「両刃の剣」であるということ、②一方で「薬物療法は他とまったく独立した治療ではなく、治療教育を含む総合的な治療あるいはリハビリテーションの中で考えるべきである」としながら、他方では「薬物療法中に発達が認められた場合に、これが自然の経過によるのか薬物により促進されたものかの区別が難しいことがある。常にそれを明らかにしようと試み続ける必要がある」と言う説明(理論)に矛盾があること、つまり、子どもの発達が「薬物により促進されたもの」かどうかは、それが「まったく独立した治療ではない」限り、明らかにしたくても、できようはずがないのである。・・・といったこと明らかになったに過ぎない。著者らが、「より本態的な治療を目指して、少なくとも発達の促進や賦活的な効果をねらって、様々な薬物療法を試み」「少数例で驚異的な改善が報告されている」と言うのなら、その《少数例》の実態こそを詳細に述べるべきである。「症例数を増やして交叉二重盲検法で評価すると、少なくとも当初のような効果は確認されないことが常であった」などと否定的な評価をしてしまうようでは、「少数例の驚異的改善」の成果も《疑わしい》。著者らは、〈実際にはこれらの薬物療法によって恩恵を受ける自閉症児が多数存在しており、その安全性が比較的高いことも臨床的に確かめられている〉と述べている。だとすれば、どのような薬物が、どのような作用で、自閉症児のどのような症状を改善するのか、そのことを「理論的」に説明してもらいたい、と私は思った。(2014.3.1)