梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(25)・Ⅶ章 自閉症の治療と家族・1

【要約】
《Ⅶ章 自閉症の治療と家族》
【はじめに】
・本章では、まず自閉症と家族の考え方の歴史を概略し、自閉症の親子関係について現在あるいは今後解決しなければならない課題を提起する。その後に、治療者としての観点から、自閉症児を持つ親への理解を深めるために、私たちの研究を紹介しつつ、親のストレスとその緩和についてのあり方について述べる。そして、子どもの各年齢段階において乗り越えなければならない課題を整理して示す。最後に、家族を支える社会的な援助体制に触れる。
【1.「自閉症と親」の歴史】
・「自閉症と親」の問題は、Kannerが、自閉症の親は特徴的な性格を有しているとしたことに端を発する。
・Kannerは、11人の症例をもとに、自閉症の特徴をまとめて「情緒接触による自閉的障害」と題して報告した。両親は知的には高いが冷淡で機械的で強迫的であるとの特徴を指摘したが、同時に、子ども自身に情緒接触を形成させる能力に生得的な障害がある、との考え方も強調している。
・病理的な性格を持つ親の接し方が自閉症の障害をつくりだすという考え方は、Bettelhei(1967)に代表される精神分析学派の専門家を中心として主張されてきた。自閉症の治療は、精神分析的な治療法に基づいて絶対受容を基本とする精神療法が行われてきた。
・Rimland(1964)は、著書「小児自閉症」の中で、自閉症の原因を親からの心理的な要因に求めることは実証的根拠がないことを論じ、その考えを批判した。生後まもない異常、男児に高い性比、一卵性双生児研究による高い一致率、独特な症状などから心因説を否定し、遺伝を含めた生物学的な障害の関与を主張した。
・McAdooとDeMyer(1978)は、MMPIを用いて自閉症児の両親と児童ガイダンスクリニックに通う両親とを比較したところ、大きな差は見出されず、この両群と成人の精神疾患外来患者は大きく違っていたことにより、自閉症児の親は精神病理的なパーソナリティを持っていないことを明らかにした。
・現在までに明らかにされた点は、次のようにまとめられる。①生後に受ける親の影響が自閉症の原因であるとする心因説が否定された。②親の精神病理的なパーソナリティ特徴の存在が否定された。③自閉症児自身に生物学的基礎を持つ発達の障害が推察される。親との関係では遺伝負因や胎内環境など生物学的な検討が今後必要である。
・自閉症と家族のテーマには、他の障害児の家族に比べて配慮しなければならない特別な意味がある。①自閉症は療育の際に対処の難しさがある上に、家族全員の生活を巻き込むほどに強い影響を与える。②自閉症児は親をはじめとして家族との間に特有な関係を形成しやすく、相互関係は自閉症状に強く関連し、時には激しい不適応状態をつくりだす。③自閉症児は脳機能障害が推測される発達障害として位置づけられようになったものの、治療・教育の現場では今なお育て方の不適切さによる情緒障害として親が責められることが多い。
【2.障害への親の認識過程】
1)障害の発見
・言葉の遅れと異常、人への反応の乏しさ、多動、耳が聞こえないかのように振る舞う、ということで、2歳から2歳半の時期に気づくことが多い。
・現段階では、早期治療、療育指導の方法は確立されていない。
2)成長過程と親の認識
・自閉症の症状は、4~6歳くらいから最も典型的に現れる。
・低年齢の子どもの親は、言葉の遅れと異常は訴えるが、後に大きな問題となる知恵の遅れに関して訴える親は少ない。
3)学童期
・親は、情緒・行動上の問題に加えて、言葉の遅れだけでなく、知恵の遅れを強く訴えるようになる。
・我々の研究(Ohota,et.al.,1986)によると、学童期の初期には行動上の異常に認知の訴えが加わり、最も多彩な症状の訴えとなって現れる。年齢が高くなるに従って、背後にあった認知の障害が前景に立つようになる。
・10歳以上になると、行動上の訴えは減少するが、大部分に言葉の遅れや問題、知恵の遅れが残る。一部の子どもには、思春期を迎えて、激しいパニック、自傷、強迫的な行動が現れ、親の対処が難しく、家族全体の不適応状態の訴えとなって表れることがある。
4)青年期
・対人関係は改善されるが、柔軟で自然な対人関係には発展せず、社会性の問題を残すことが多い。社会的に独立した生活を営めるほどになる者は非常に少ない。
・親の意識も、当初は独立して生活を営めるようになることを期待するが、年齢が高くなるにつれて、現実的な厳しさを伴い、せめて親の援助で家庭生活を営めるようにという願いに変わっていく。予後は、楽観的には考えられないものである。
【3.家族への理解】
・我々は、家族のストレスに関する一連の研究(永井,1985,1986,1987;永井・太田,1987)を行ってきた。(対象:自閉症児の母親89名、精神遅滞児の母親38名)(方法:Hillの社会ストレスモデルであるABCXモデルを応用した)
1)親のストレス
・自閉症の子どもを持ったために親の情緒や精神面に悪い影響を与えているとの訴えが強かった場合には高ストレス、この訴えが強くない場合は低ストレスとして解析を行った。高ストレス群について治療者側からも臨床的な評価をした。その結果、高ストレス群には、特別な配慮が必要な人たちが多く含まれていることがわかった。(かなり必要24.2%,ある程度必要48.5%。特別な必要なし27.3%)
⑴子どもの要因
・「その子どもを持ったことによる家庭生活への影響」(DeMyerとGoldberg・1983から引用)の11項目について“良い影響、特に影響なし、少し悪い影響、かなり悪い影響、非常に悪い影響”の5段階で母親に答えてもらった。他の調査項目と合わせて、ストレス因としての子どもからの影響の程度を知る手がかりとした。
①子どもが障害児であること
・自閉症の幼児を持つ母親と比較するために、東京近郊の幼稚園・保育園に通う同じ年齢の一般幼児を持つ母親286名の協力を得て調査を行った。その結果、情緒的・精神的問題、身体的問題、夫婦関係、家族の人格形成、他の兄弟の要求への対応、兄弟同士の関係、友人や近隣関係、親戚関係、家事一般、家計、家族のリクリエーションのすべての項目において、一般幼児の母親は“良い影響”と答えた割合が高かった(40%以上)が、自閉症児を持つ母親は“悪い影響”と答えた割合が高かった(30%~80%)。
・さらに、健康調査票を用いて自己評価式により母親の健康状態を調査した。自閉症幼児の母親は、毎日の気分がすぐれない(42%)、将来のことが心配だ(84%)、との訴えが非常に高かった。また、つかれやすい(73%)、家事をしたくない(48%)、すぐに不安になる(45%)、死んでしまいたい(68%)などの、不安・抑うつ的な項目において、一般幼児の母親に比べて訴えの割合がかなり高かった。
②子どもが自閉症であること
・自閉症児の母親と、自閉症状を持たない精神遅滞児の母親と比較してみた。その結果は、回答のしかたにはほとんど差がなかった。母親にとって子どもに発達の障害があるということは、障害の種類にかかわらず、母親を非常に大きなストレス状態に置くと言える。
③子どもの年齢による違い
・対象となった自閉症児を幼児と学童以上の年齢によって2群に分けて比較してみた。その訴えの強さにはほとんど差が認められなかった。子どもの将来の見通しに関しては、子どもの年齢が高いほうが,親はより現実的・悲観的になることが示されていた。
④子どもの症状による違い
・自閉症の重症度(精神発達質問紙による母親の評価、「太田のStage評価」、多動傾向により決める)によって、親のストレスに差があるかどうかを検討した。多動で重度な子どもの場合には、親のストレスがより高いことが明らかになった。子どもの障害の「重症度」は、親のストレスの強さに影響する。しかし、幼児期の子どもを持った母親では、ストレスの強さは、精神遅滞の重さに必ずしも比例しないことが示されていた。
⑵家族の要因
・親のストレス状態は、「家族の資力」がどの程度あるか、「ストレス因の認識のしかた」によって違ってくる。
①家族の資力
・高いストレスの母親は両親ともに高学歴の傾向があり、この要因は子どもの障害認知と関連してストレスを高める要因の1つになっている。さらに、高ストレスの母親は、不安・抑うつ的な症状を強く訴えていた。それが、どの程度親の本来の特性なのか区別しがたい。ストレス因としての子どもの障害を受け止める親側にも、それに反応し精神・身体症状を起こしやすい特性があるように思われる。
・家族の資力として最も重要な“家族の凝集力”については、客観的な評価がされていないが、離婚家庭はなく、全体として、自閉症児を持った家族の凝集力の強さを示す1つの指標ともなろう。
②ストレス因の認識のしかた
・高いストレスを訴える母親とあまり訴えない母親とでは、子どもの障害の認識のしかたに大きな違いが見られた。高ストレスの母親は、子どもの以上を脳機能の障害との関係で捉えており、症状や発達の遅れを強く認識していた。低いストレスの親は、子どもの障害の原因や病気としての認識の点で“わからない”と答える割合が高く、子どもの発達レベルに関しても、軽く認識する傾向が見られた。
⑶社会の要因
・家族の適応の良否は子どもの障害の重症度よりも社会的な援助が影響するという研究(Bristol,1987)があるが、専門的な指導や援助のあり方が親のストレス状態に強く影響する。専門機関の指導が不十分であったり、不適切であったりすることによって、親のストレスを増してしまうことのあることに留意する必要がある。
2)親のストレス状態の緩和
⑴家族への理解の側面から
・母親は、抑うつ的な反応を示しているとはいえ、全体として見れば、子どもの症状を正しく捉え、子どもの障害を受容してなお積極的に適応しており、ストレスは正常な親としての反応の範囲である。これらのことを十分に考慮して家族への援助をする必要がある。
⑵親の精神保健の側面から
・多くの親は不安と混乱による危機的なストレス状態の時期を抜けて、親自身の生きる価値観を考え直し、前向きに生きる力を奮い立たせ、家族を再構築させて適応を図るという困難な作業にとりかかる。治療者は、そのプロセスを見守ることしかできないかもしれない。しかし、方向性を定めるときの助言者として、疲労したときの片時の援助者としての役割を果たすことはできる。
⑶子どもの治療的な側面から
・治療者は、まず第1に、子どもの発達を促して理解力をつけるとともに、多動やパニックなどの異常行動を改善しるような働きかけをする。そうすることで、長期的な視点から親の強いストレスを減少させることができる。第2に、親が子どもの障害や発達を正しく捉え、子どもの行動の意味を理解して療育の目標を定めることで、日常の中でどのように働きかけたらよいかを助言することである。それによって、親の過度の不安を低減することができる。


【感想】
 ここまでを読んで、著者らが「自閉症の治療と家族」に関して、何が言いたいのか判然としなかった。【はじめに】では、〈まず、自閉症と家族の考え方の歴史を概略し、自閉症児の親子関係において現在あるいは解決しなければならない課題を提起する〉と述べられているが、その《親子関係において解決しなければならない課題》とは何なのか。【1.「自閉症と親」の歴史】の節で述べられている、〈自閉症と家族のテーマには、他の障害児の家族に比べて配慮しなければならない特別な意味がある。①自閉症は療育の際に対処の難しさがある上に、家族全員の生活を巻き込むほどに強い影響を与える。②自閉症児は親をはじめとして家族との間に特有な関係を形成しやすく、相互関係は自閉症状に強く関連し、時には激しい不適応状態をつくりだす。③自閉症児は脳機能障害が推測される発達障害として位置づけられようになったものの、治療・教育の現場では今なお育て方の不適切さによる情緒障害として親が責められることが多い〉ということであろうか。それとも【2.障害への親の認識過程】で述べられている、「成長過程と親の認識」の内容であろうか。いずれにせよ、《どのような親子関係で、どのような課題を解決しなければならないのか》著者ら自身も判然としていないのではないだろうか、と勘ぐってしまった。親子関係にはいくつかのタイプがある。「厳格型」「拒否型」「溺愛型」「不安型」「盲従型」「干渉型」「不一致型」等々、自閉症児の親子関係にはどのような傾向が見られるか、その傾向をどのように改善していけば課題解決が図られるか、またそれらのタイプと様々な自閉症状とにはどのような関連性があるのか、ということについても知りたかったのだが・・・。また【はじめに】で、〈自閉症児を持つ親への理解を深めるために、私たちの研究を紹介しつつ、親のストレスとその緩和についてのあり方について述べる〉とあるように、その結果が【3.家族への理解】に詳しく述べられているものの、再び「言わずもがな」の内容であり失望するほかはなかった。いわく、「高ストレスの親は、精神面への特別な配慮が必要な人たちが多く含まれている」、いわく「自閉症幼児を持つ母親は、一般幼児をもつ母親に比べて“悪い影響”をより多く感じている、つかれやすい、家事をしたくない、すぐに不安になる、死んでしまいたい、などの不安・抑うつ的な症状を訴える割合がかなり高い」、いわく「自閉症の母親と精神遅滞児の母親の回答のしかたにはほとんど差がなかった」、つまり、一般幼児の母親が、その子の誕生を喜び、家族全体に“よい影響”を及ぼしていると感じているのに比べて、自閉症児を持つ母親は正反対、すべてに“悪い影響”を及ぼしていると感じている。しかし、その反応は他の障害児を持つ母親と比べて差はない、ということである。まさに「言わずもがな」であり、「研究」をしなければ明らかにできなかった内容であるとは言い難い。もし、この調査研究が、1歳未満の乳幼児を持つ母親を対象に行われたらどのような結果になったであろうか。私の独断と偏見によれば、「健康調査票」の項目1「つかれやすい」は、一般幼児の母親の方が「圧倒的に多い」のではないだろうか・・・。ただ一点、「1)親のストレス ⑵家族の要因 ②ストレス因の認識のしかた」の節で、「高ストレスの母親は子どもの異常を脳機能の障害との関係で捉えており、症状や発達の遅れを強く認識していた」という記述は、著者らの「学説」そのものが「親のストレス」を高めているという意味で、たいそう興味深かった。「専門機関の指導が不十分であったり、不適切であることによって、かえって親を不安におとしいれ、親のストレスを増してしまうことのあることに留意する必要がある」と自戒しているが、私も心底から同意する。同時に、それはまた子どもを不安におとしいれ、子どものストレスを増してしまうことがあることも付記したい。(2014.2.21)