梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(17)・Ⅴ章 Stage別の認知発達治療・2

【要約】
【2.StageⅠの治療教育】
1)StageⅠの状態像
・子どもたちの多くは言葉がなく、あったとしてもオウム返しがほとんどである。状況に合っていれば言葉かけに応じた行動ができるようになるが、言葉の意味は理解しておらず、その場面での行動のきっかけとなる信号としての機能しか持っていない。
・遊びは、おもちゃを機能どおりに遊ぶことはほとんど見られない。物をヒラヒラさせる、トントン叩く、水遊びや砂をサラサラさせる、ピョンピョン跳びはねるなどの感覚刺激的な遊びが大部分である。物を並べて眺めたり、特定の物を集めたりすることに没頭することもある。
・描画はまったく描かないか乱画であり、形のある絵は描けない。
・絵本は見せても目をそらして興味を示さないが、食物や乗り物の写真絵本や特定の絵本を見ることもある。
・対人関係では、人を無視しているような感じ、視線が合わない、孤立などの行動が目立つ時期である。人への自発的なかかわりは乏しく、食物や自分の欲しいものを多くはクレーン現象で要求する。
・情緒、行動面では、感覚の異常(痛みに鈍感、耳をふさぐ、物を斜めに見る、においをかぐ)などの行動が目立ち、ときには自傷行為が見られる。理由もなく泣いたり笑ったりする情緒の不安定さが目立つ。
・睡眠や食事などの生活のリズムが崩れやすい。体調や気候に左右されやすく、生理的な不快感が子どもの状態に直接影響してしまう。
・奇妙な手の動きやピョンピョン跳ねるなどの常同行動が目立つことが多い。
2)StageⅠの治療教育の目標
⑴第1次元の目標:表象能力の芽生えを促すこと
①視覚、聴覚、触覚などの各種感覚の発達と、感覚の統合を促すこと。(感覚刺激に慣れさせること、目と手の協応を促すこと、身体の調節を図ること、模倣を促すこと)
②感覚運動的知能の発達、手段と目的の分化を促すこと。
③物に名前があることに気づかせること、イメージの芽生えを促すこと。
*対人関係においては、身近な大人との安定した関係をつけることを目標とする。
⑵第2次元の目標:個々の適応行動の獲得
・生活のリズム(睡眠・食事)を整える。
・着脱、食事、排泄の基本技能を獲得させ、身辺自立を図る。
・日常生活の中で、言葉かけによる行動の形成を促す。
・集団生活に参加する際の基本的な適応行動(着席、まわりの動きに気づいて行動する、順番を待つ)を身につける。
・あらゆる機会を通して人とのコミュニケーション技能の基礎をつくる。
*年長児の場合は、言葉かけにより行動できること、適切に要求を出せることを目標にする。また、目と手の協応課題を生かした作業的技能を高めること、集中力や持続力をつけることも大切な目標となる。
⑶第3次元の目標:異常行動(常同行動、情緒不安定、自傷行為、睡眠障害など)の予防と減弱
・基本的には、発達を促す治療教育を行う中で予防と減弱を図る。
・生活全体に影響するような場合には、薬物治療を含めて治療教育の配分を検討し、治療の方針を決める。
3)StageⅠの認知発達学習
・治療者の適切な働きかけ、教材、課題設定によって、着席しての学習をすすめることが可能である。集中的な学習の設定により、認知発達を促し、適応行動スキルの獲得をも促すことができる。
・認知レベルを把握し、ねらいに沿ったプログラムで、子どもの興味を引き出しながら、根気強く持続的に指導していくことが大切である。
⑴認知レベルの把握
・StageⅠ-1:子どもの行動の手段と目的が分化していない。泣く、ウロウロするなど人へ向けての要求がなく、大人が状況で要求を察する場合。
・StageⅠ-2:手段と目的の分化の芽生えが認められる。クレーン現象のみを用いる段階。
この場合は、物を機能的に扱えるかどうかを観察する。何を渡してもなめる、振るなどの感覚遊びになる場合と、渡された物をその機能に応じて扱える場合とでは、その後の学習の進展が異なる。
・StageⅠ-3:手段と目的の分化が認められる。クレーン現象以外にいくつかの手段(指さし、単語、発声など)を用いるようになる段階。
⑵認知学習のねらい
①StageⅠ-1のねらい
・各種感覚の発達、異種感覚の統合を促す(物を目で追う、音源を見る、皮膚刺激に慣れる、物を吹く。手の操作。身体の調節。)
*感覚運動訓練が有効である。運動感覚を楽しみ、姿勢の転換や人からの身体的介助を受け入れることができるようにすることが大切である。
*感覚運動的知能を促すことも重要である。(隠された物に気づき、障害物を取り除いて探し出すなど、目的達成のための手段に気づくことを促す課題を設定する)
②StageⅠ-2のねらい
・各種感覚の発達、異種感覚の統合を促す(目と手の協応、動作模倣)
・感覚運動的知能を養う(隠された物を探す、手段と目的の分化)
・対象指示活動の基礎をつくる(指さし)
・物に名前のあることの理解の基礎をつくる(物の機能的な扱い、弁別・分類、マッチング)
*同じ色や形の物をマッチングしたり、分類したりする課題を通して、物への認識を高めるようにする。
③StageⅠ-3のねらい
・各種感覚の発達、異種感覚の統合を促す(目と手の協応、動作模倣)
・対象指示活動の基礎をつくる(指さし)
・物に名前のあることの基礎を促す(弁別・分類、名前の指示で物を取る、名前の指示で指さす)
・コミュニケーションの基礎を養う(日常での言葉かけの理解)
*物に名前があることの理解を促すことが重点目標である。(実物や絵カードを使って、物の名称を教える。言葉を出させることではなく、言葉の理解をしっかりしたものにすることが大切である)
*同時に、イメージの芽生えを促す。(再現遊び、ままごと遊び、塗り絵、描画の基礎づくり、わかりやすい形で見立てを促す構成課題)
*日常での簡単な言葉かけの理解を促す。
④StageⅠに共通のねらい
a)運動感覚を楽しめるようにする。(姿勢の転換、運動遊具、乗用玩具での身体調節)
b)音楽リズムに合わせて体を動かす。(手を合わせる、動作模倣)
c)「ちょうだい」に応じて物を渡す、人と手をつないで歩く・走る・ピョンピョンとその場で跳ぶなど相手の動きに応じられること、指さし指示や身体介助で求められる行動を遂行すること。
⑤グループ学習のねらい
a)小集団活動に慣れて楽しめるようになること
b)周囲の動きに気づいて大人の介助のもとに行動できること
c)いすに座って待っていられること
d)自分の課題を終えたら席に戻ってこられること
⑶認知学習のプログラム
・このStageの子どもは、1つの課題を獲得するのにかなりの時間がかかるので、継続して取り組む必要がある。治療者は、どう介助すればできるかという視点で常に工夫しながらプログラムに活かしていく。
①認知学習への導入
・最初は、子どもが興味を持ちそうな、目と手の協応を促す教材や乳児用玩具を用意し、いすに座ることを促す。(本人なりに何かをすればよい。着席時間を徐々に延ばしていく。約1か月くらいで学習の形態に慣れるようにする)
②個別学習プログラム
・1回のセッションを30分くらいとした場合、8~10課題を用意する。(StageⅠ-2の個別学習プログラム例:①手合わせ動作模倣、②目と手の協応(モンテッソリー分銅)、③目と手の協応(ひも通し)、④絵と実物のマッチング、⑤色の分類(プラステン)、⑥目と手の協応(はめ板)、⑦指さしの理解(「これちょうだい」)、⑧くすぐり(「一本橋コチョコチョ」)
*学習の最後は、得意な課題で達成感を持たせ、本人が頑張ってやったことをほめて、気持ちよく学習を終了できるように配慮する。
③グループ学習プログラム
・集団全体で動く課題と、着席して順番に行う課題を組み合わせてプログラムを立てる。
(StageⅠのグループ学習プロ気ラム例:①たいそう(「ぞうさんのあくび})、②リズム遊び(まわりの動きに気づく)、③歌に合わせてお名前呼び(名前を呼ばれたら手をあげる)。④手合わせ動作模倣(治療者と手を合わせる)、⑤実物の分類(順番を待つ、集団の中で課題を遂行する)、⑥運動サーキット(治療者の動きを見る・両足跳び乗り、平均台歩き)
*リズム遊びや運動用具を用いた課題は、年間を通じて継続して行う。認知発達的な課題や対人関係を促す課題は2か月くらいで目標を達成できるようにする。
⑷認知学習のすすめ方の留意点
①言葉かけに応じる行動を形成する。認知学習の課題に入る前に、治療者の言葉かけに応じる基本的な行動を形成する必要がある。
②治療者は機に合った言葉かけをする。治療者が物の名前をはっきりと発音し、常に物とその名前を対応させておく。
③認知学習はテンポよく課題を切り替える。そのことが、一定時間着席して学習させるコツでもある。
④スモールステップのねらいを定める。課題のねらいを達成するにはかなりの時間がかかるので、個別に課題のスモールステップのねらいを定め、変化を評価できるように治療者が工夫する。
⑤評価は課題の意味を考える。StageⅠの課題は、できたかできないかの評価がしにくい。合否の評価を厳密にすることにより、それぞれの子どもの発達にとって、その課題がどういう意味を持つかを常に考える。
⑸動機づけを高めるために
①視知覚に訴える教材を使用する。(音や光が出る、色が鮮やかなど)
②賞賛は身体接触で表す。(頭をなでる、抱く、くすぐる、握手する)
③タイミングよくほめる。(課題ができたら、すぐに、わかりやすくほめる。学習の終了後、子どもが喜ぶ遊びをして、終わると楽しいことがあるという期待感を持てるようにする)
4)対人・コミュニケーションの基礎づくり
①担当の治療者との関係をつけるようにする。(幼児期は抱っこ、おんぶ、くすぐり、振りまわし、年長児は握手、肩を叩く、などの身体接触で関係をつけ、安定できるようにしていく)
②人への要求を育てる。(子どもが要求行動を起こしやすいように場面を工夫する)
③要求物を通して何らかのコミュニケーションを図る。(例・子どもの要求する物を渡すときに、それ以外の物を含めて、1つずつ「これかな」と期待感をゆさぶりながら呈示する。子どもの好きな物を持って、治療者がにげて追いかけっこを楽しむ)
5)異常行動・不適応行動への対処のしかた
・基本的には、認知発達を促す積極的な治療教育をすすめる中で減弱と予防を図る。
⑴身体的な健康を整え、生活のリズムを整える。
・睡眠などのリズムが崩れたとき、風邪や歯痛などの身体的な不調が原因になることもある。
⑵環境を整える。
・暑いときに氷水を飲ませる。むしむしするときは体を拭くなど。
⑶適度に情動の発散を図る。
・散歩、戸外での運動、水遊びなどが有効である。
⑷規制・禁止の連続は他の異常行動を生む
・感覚遊びなどは、本人にとっての遊びなので、家庭などのリラックスする場所では、適宜容認する。
⑸少しでも見ばえのよい行動に変えていく。
・常同行動、感覚遊びは、社会的デメリットの少ないものに変えていく。
⑹薬物療法の検討を行ったほうがよいこともある。
6)生活全般の中での発達課題
・StageⅠの子どもたちは、認知発達学習だけでは成果を上げることはできず、日常生活のあらゆる面で、恒常的で一貫した指導がどのStageの子どもたちにも増して重要である。
⑴日常の安定したよいパターンをつくる。
・生活のそれぞれの場面が生活習慣を身につける場であると同時に、物への認識を高める場でもある。
⑵基本的生活習慣の形成を促す。
・睡眠や食事が規則正しくとれるようにし、着脱、排泄、食事といった身辺自立の技能を獲得させる。
⑶言葉かけによる行動の形成を促す。
・生活の一つ一つの場面で、言葉と動作を結びつけていく。最初は言葉と身体介助で、徐々に言葉と指さしで、最終的には言葉だけで行動できるようにする。
⑷物に名前があることに気づかせる。
・日常生活の必要な場面で、物の名称に気づかせるように物の名前をはっきり伝え、物と言葉を対応させておく。
⑸子どもの要求を引き出して育てる。
・日常の中で子どもに積極的に働きかけて、喜ぶことを見つけ、楽しい経験を十分にする。治療者や親しい大人と楽しい経験を共有するとにより、人への要求を引き出し、育てる。
7)健常児集団での目標と接し方
・保育園や幼稚園での目標は、ある程度大枠のプログラムにそって行動できるようにすることである。最初は介助者の言葉かけと身体的な介助で流れにそった行動を身につけ、徐々に、個別の言葉かけでまわりの子どもたちの動きを見て行動できるようにする。自由保育の場面では、本人の好きなことを十分にして情動の発散を図ると同時に、遊具や運動的な遊びを楽しめるようにするとよい。誘われて、他児と手をつないだり、みんなの輪の中にいられるようにするなど、社会性の基礎を養うことが大切である。(亀井真由美・松永しのぶ)


【感想】
 ここでは、「StageⅠの治療教育」の概要が述べられている。対象となる「StageⅠ」は、「健常児の1歳半くらいまでの発達水準に相当する」と述べられているが、1歳半くらいまでの健常児は、どのような環境の中で、どのような生活(学習)を行っているのだろうか。言うまでもなく、彼らの生活の中に「治療教育」という場面は存在しない。彼らは、ごくあたりまえの日常生活の中で、家族とかかわり、必要な要求手段を身につけ、彼らなりの「認知学習」を自由奔放に行いながら、シンボル表象機能(言語など)、基本的社会生活能力(身辺処理能力や対人関係・コミュニケーション能力など)を発達させていく。しかし、自閉症児は、まず家族とうまくかかわれない、人への要求をしない、認知発達(とりわけシンボル表象機能)が遅れている、その結果、基本的生活習慣、社会生活能力も育ちそびれてしまう、だからこそ、彼らを日常生活の中から「切り離して」、「治療教育」という名の「とりたて指導」を行う、もしくは彼らの日常生活の中に「治療教育」という場面(あるいは要素)を「挿入」する必要がある、ということであろう。しかし、その「場面」だけでは効果は期待できない。それは、著者ら自身が、「6)生活全般の中での発達課題」の冒頭で「StageⅠの子どもたちは、認知発達学習だけでは成果をあげることはできず、日常生活のあらゆる場面で、恒常的で一貫した指導がどのStageの子どもたちにも増して重要である」と述べていることからも明らかである。だとすれば、日常生活のあらゆる場面で、恒常的で一貫した《指導》を行うのは誰であろうか。言うまでもなく、「親」であろう。では、はたして、その親に「言葉かけによる行動の形成を促」したり、「子どもの要求を引き出し育て」たりすることが、それほど容易にできるのであろうか。むしろ、問題はそこにある、と私は思う。すなわち、健常児は「生活全般の中での発達課題」を、(一見)誰からの助けも必要とせずに次々とクリアしていくのに、自閉症児はどうしてつまずいてしまうのか、また、「治療教育」(認知発達治療)を行うだけでは成果を上げることができない(思うように般化しない)のはなぜか、ということが明らかにされない限り(または、その問題に真正面から取り組まない限り)いつまでたっても「自閉症治療の到達点」は見えてこないのではないだろうか。
著者らの「挙げ足をとる」つもりは毛頭ないが、StageⅠの「⑴認知レベルの把握」で「StageⅠ-1:子どもの行動の手段と目的が分化しておらず、泣く、ウロウロするなど人へ向けての要求がなく、大人が状況で要求を察する場合である」とあるが、「泣く」という行動は「人へ向けての要求」ではないのだろうか。StageⅠの子どもは「泣く」ことによってしか「人へ向けての要求」ができない。しかし、そのことを「要求がない」と《評価》されてしまったのでは「身も蓋もない」ではないか。子どもは「泣く」という手段によって、(不快感を取り除くという)目的を果たすための要求をしているのである。はたして、「行動の手段と目的が分化しておらず」と断じてよいか。著者らが、StageⅠの子どもが「泣く」のを見て「要求がない」と評することは、その子が「ただ泣いている」「目的もなく泣いている」「泣くためだけに泣いている」と断じていることと変わらない。つまり、子どもが「なぜ泣いているのか」、その行動を見ているだけではわからない。その結果、「大人が状況で要求を察する」という羽目に陥ることになる。大切なことは、(ごくあたりまえのことであり、通常の大人なら誰でもしていることだが)その「泣く」という行動の源泉である(または背後にある)子どもの「心理」を読み取り、大人が「声かけ」で応えることであろう。その「読み」が当たれば、子どもの要求は満たされ、当たらなければ「泣き続ける」。その繰り返し(大人にとっては試行錯誤)こそが、無シンボル表象期における「子ども」と「大人」の(重要な)コミュニケーションの「1つ」に他ならない。したがって、StageⅠ-1段階における「泣く」という行動は、「泣かない」(ウロウロしている)という行動とは明確に「区別」されなければならない、と私は思った。(2014.1.28)