梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(16)・Ⅴ章 Stage別の認知発達治療・1

【要約】
《Ⅴ章 Stage別の認知発達治療》
【はじめに】
・この章では、StageⅠからStageⅢ-2までの認知発達治療の実際を、Stage別に具体的に述べる。
・この章の内容は、技術的な側面に絞って記述しているので、背景となる理論的な側面については第Ⅳ章までを参照いただきたい。
・ここでは、幼児から学齢期までの年齢に重点を置きながら、Stage別に代表的な自閉症の状態像を示し、各Stageにおける認知発達治療の目的の置き方、プログラムの組み方、対人・コミュニケーションを促す方法、異常行動への対処のしかたなどを実践的な立場から説明する。
【1.認知発達治療の手順】
1)治療開始時の評価
⑴認知発達の評価
・まず、太田のStageを評価する。LDT-R1(物の名称のカード)に応答しないときは、①人への要求の出し方、②物の扱い方、③言葉かけへの理解、④遊び方、⑤絵本への興味の持ち方など、ポイントをおさえて行動観察する。
・発達質問紙、母親、所属学級からの情報により、シンボル機能の出現の程度を把握し、どのStageの段階に相応する認知構造かの見当をつける。
・標準的な心理検査を施行しておくとよい。
⑵異常行動・不適応行動の評価
・異常行動(こだわり、常同行動、パニック、感覚の異常、自傷行為、他害、極度な偏食、情動の不安定さなど)、生活習慣上の問題(睡眠、食事、排泄など)については、強さと頻度などを、行動観察と親の情報からよく把握しておく。
⑶開始時の評価の記録
・治療開始時のベースラインを正確に記録しておく。
・Stage評価は、合否だけでなく、課題への答え方や行動も記録しておく。
2)導入期
⑴治療者が子どもを把握する
・治療者のねらいは、①子どもの特徴と状態を正しく把握する、②その子どもの指導のこつをつかむこと、③子どもの治療教育の方針を検討すること、などである。
・パニックを起こしやすい状況や行動パターン、気分転換の方法、働きかけに対する耐性の度合い、特別に執着している物、強い興味を持つ物などを知っておく必要がある。
⑵子どもが治療場面に慣れる
・導入期の大切な側面は、子どもが担当者や場所に慣れ、楽しくプログラムに参加できるようにすることである。
・強い不安やパニックを起こす場合には、母親に一緒に治療教育場面に入ってもらい徐々に慣れるようにしていくとよい。
・治療教育のプログラムや設備などについて、前もって声かけをしたり、場所や場面、道具などを実際に見せたり、絵や写真などで示したりなど、子どもが新しい場での生活になれるための配慮をする。
⑶親との協力関係の基礎をつくる
・親に治療教育の概略と大枠の目標を説明すると同時に、治療教育の内容をできるだけ具体的に伝えるようにする。
・家庭での子どもの状態を知ること、子どもに対する親の希望や心配ごとを、治療者がよく聞いて知っておくことも大切である。
・この期間に、治療者と親が相互に理解し信頼関係の基礎固めができるようにする。
⑷導入期の期間
・基本的には1か月くらい置き、長くなり過ぎないように注意する。
・子どもが極度に不安定であったり、自傷など異常行動が激しい場合には通常のプログラムをしばらく見合わせて、薬物治療の検討も含めて、情緒の安定のための特別な治療的なかかわりを検討する必要がある。
3)治療の目標と日課の配分の検討
⑴目標は3つの次元から
・長期的には1年間を目標に置きつつ、1か月、あるいは1学期くらいの目標を具体化する。
・目標は3つの次元から立てる。①発達を促すことにより認知と情緒を高めること、②家庭や学校などに役立つ適応行動を獲得すること、③異常行動を減弱したり予防したりすること。
・子どもの年齢が低いときには①に重点を置き、思春期以降になると②に重点が移される。しかし、どの発達段階、どの年齢段階でも3つの次元のすべてを考慮して目標を立てる必要がある。
⑵日課の配分の検討
・日課の配分は、認知発達学習のような緊張と集中を必要とする時間と、自由遊びやリズム体操のようなリラックスする時間を組み合わせ、さらに身辺処理のスキルなどの適応行動の獲得のための時間を加えて検討する。
4)グループ構成と指導体制
・子どもの年齢と認知発達レベルができるだけ同程度の小集団を編成するとよい。
・子どもが5~6人に対して治療者は2~3人くらいの体制が望ましい。
・複数の治療者がグループを担当する場合には、個別の治療方針とプログラムをしっかりと立て、できるかぎり個別の認知発達学習の時間を確保する。
5)認知発達学習プログラムの立案
・長期の治療目標の中で、約1~3か月程度の中期目標を定めて、それにそって学習プログラムを立案する。
・まず、認知レベルを把握して学習のねらいを定める。それにそった学習プログラムにより子どもの内発的な動機づけを重視しながら指導する。(『認知発達治療の実践マニュアル』参照)
・発達を促す課題だけでなく、得意な課題やすでに修得した課題を上手に組み合わせる必要がある。また、机上の学習と運動サーキットのような身体の動きのあるものを適宜組み合わせる。
・1回の学習セッションとして幼児では20分くらい、学童では40~50分くらいでもよい。
・指導形態は、1対1の個別指導と、5~6人のグループ指導を組み合わせるとよい。グループ指導では、運動技能の向上とコミュニケーションの基礎づくりを主な重点にする。
また、獲得した認知発達的課題を小集団の中で遂行できるように般化を促すこともねらいとなる。
6)日常の評価と記録
・セッションごとの学習記録、Stage別の発達課題の通過状況、生活スキルのチェック、行動の記録などをきちんとつけ、日常の治療にフィードバックさせる必要がある。
7)総合評価
⑴ケース検討会
・総合評価は1年あるいは半年に1回の割合で行い、その間の子どもの発達的な変化をまとめる。その期間に立てた目標は達成できたか、方針は適切であったかを治療者全員で検討する。家庭生活など他の場面への般化についての検討も重要である。これらの議論を基に時期への方針を立てる。
⑵ケース検討会のメンバー
・総合評価は、直接的な担当者だけでなく、できるだけ異なった職種や立場の違う専門家とともに検討したい。
8)家族との連携
・子どもの最終責任者は親であることを認識して、家族、特に親との良好な協力関係を持ちつつ治療教育を進めることが、治療効果を上げるための必須の条件となる。
⑴親との連携のあり方
・治療者は、親を支持し、援助する立場に立つことを基本とする。
・認知発達治療で子どもが習得したものを家庭で般化できるようにするとともに、治療者は親から学んだ情報を治療教育にできる限り活かすことが大切である。
⑵療育への援助
・まず、その子どもの治療目標と何が発達課題なのかを具体的に伝え、親に理解してもらう。その上で、家庭での目標を話し合う。家庭にはそれぞれ事情があり、生活があることを考慮して、達成可能な現実的な目標を母親と相談して決めるようにする。
・ある期間をおいて、定めた目標をどの程度達成できたかを話し合う。
⑶親指導の際の留意点
・親はしばしば、強いストレスを受けており、不安定な抑うつ状態に陥っている。治療者はこの点に十分留意しつつ、長期的な展望に立って、親への助言と援助をすることが大切である、(永井洋子)


【感想】
 ここでは「認知発達治療の手順」が述べられているが、その内容は、どこの治療機関でも行われている、ごく一般的なもので「ごもっとも」であると同時に「言わずもがな」という感じがしたが、ただ一点、導入期で「(子どもが) 強い不安やパニックを起こす場合には、母親に一緒に治療教育場面に入ってもらい徐々に慣れるようにしていくとよい」、さらには「子どもが極度に不安定であったり、自傷など異常行動が激しい場合には通常のプログラムをしばらく見合わせて、薬物治療の検討も含めて、情緒の安定のための特別な治療的なかかわりを検討する必要がある」という文言は、気になった。著者らは、前章で子どもが「異常行動や不適応行動」を引き起こす要因として、「治療・教育機関」のあり方を指摘し、「自閉症児への不適切な治療教育の方法やかかわり方が異常な行動を引き起こしたり、増強させたりすることがあるので、(治療者は)留意しなければならない。そのことによって二重に子どもの異常行動を増悪させることがある。治療教育者は常に自らの治療教育の効果を客観的に評価する態度を忘れてはならない」と自戒を込めて述べている。導入期において「子どもが極度に不安定であったり、自傷など異常行動が激しい場合には通常のプログラムをしばらく見合わせて・・・」ということは、通常のプログラム、つまり「認知発達治療」(の実際)そのものが、子どもの異常行動を引き起こす要因になっていることを暗示・黙認することにならないか。まして、それによって引き起こされた異常行動を「薬物治療」で対処するなどとは、まさに「本末転倒」の対応ではないだろうか。そこで問題になるのは「通常のプログラム」だが、それが「子どもの発達段階」に即した「適切な課題」であることが前提に作られているのだから、(著者らの論述に従えば)子どもが極度に不安定になるはずがないのである。要するに、著者らが構築した「Stage別の認知発達治療」のあり方全体を、つねに《客観的に評価する態度を忘れてはならない》のではないか、と(不遜にも)私は思ってしまったのである。とは言え、まだその「実際」の詳細を知っているわけではない。期待をもって次節を読み進めることにする。(2014.1.27)