梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(12)・Ⅲ章 「太田のStage」評価法の開発・2

【要約】
2)シンボル表象期への移行期の問題
・自閉症児にとって感覚運動期からシンボル表象期への移行は滑らかではない。言葉の芽生えが認められても、その後、シンボル機能を獲得していく移行期の意味を持っている場合と、本来のシンボル機能を容易に獲得できない場合とがある。
⑴シンボル機能を伴わない言葉
・一般の子どもでは、10~12か月くらいからカタコトながら少数の有意味語を発するようになる。パパ、ママ、ネンネ、バイバイ、ココ、ワンワンなどであり、これらの言葉は、本来の言語としての機能であるシンボル性を持っていないとされている。また、指さし行動も、これらのいわゆる“1語文”とほぼ同じ時期に現れるとされている(小林,1980)。
・中島(1980)の研究によれば、ある女児は10か月のときから「ボッチ(帽子)」を使い始めたが、外出時にいつも帽子をかぶっていたので「外に行きたい」ことを意味していた。
この言葉は表現の対象と子どもの欲求とが分化していない。このような現象は、シンボル機能を獲得していない比較的重度の遅滞の自閉症児によく観察される。(外に行きたいときに「クツ」と言う。ドライブに行きたいときに「カギ」と言うなど)女児は「ボッチ」をいったん使わなくなった後、1歳5か月時に、改めて帽子に対して「ボーシ」と表現するようになった。中島は、“帽子に関する語を使用するという形は連続しているが、その機能は非連続である”ことを指摘している。シンボル機能を伴わない言葉の使用がいったん消える時期には、自作語や無意味な音声が一時的に増えているとの観察も、自閉症児の認知発達、特に言葉の発達を考える上で興味深い。
*女児が30分間に発した各種音声の平均頻度(中島,1980)
・自発的使用の有意味語:10か月に現れ(10回)11か月まで増える(30回)が、以後1歳2か月まで減少(数回)、1歳3か月より増え始め(30回)1歳6か月では(70回まで)上昇した。
・模倣的使用の有意味語:10か月に現れ(10回)たが1歳まで減少、以後1歳2か月より飛躍的に増加した。1歳6か月では90回以上。
・自作語:10か月に現れ(数回)、徐々に上昇して1歳1か月にはピークに達する(90回)が、以後は激減して、1歳4か月には消失した。
・無意味音声:10か月時には最多(100回以上)、以後1歳1か月まで徐々に減少(30回、1歳2か月に再度上昇(85回)するが、以後再び減少して1歳6か月には15回程度になった。消失はしない。
⑵“折れ線現象”の発達的な意味
・“折れ線現象”とは、自閉症児の発達経過の中で、退行的な変化が現れることをさし、その大部分は発語の消失である。自閉症での発生頻度は20~50%である(栗田、1987)。
・消失以前の言語は、極めて限定された場面での使用であり、シンボルとしての機能を有していないことが推察できる。
・一般の子どもの言語発達では、これらの言葉がいったん消失すると同時に音声の記号化、体制化過程が進行し、改めて本来のシンボル機能を持った言語が発達する。
・自閉症児においてはシンボル表象機能に障害を持ち、この過程が発達してこないために、移行期のつまずきが退行的な変化として観察されると考えられる。その後、遅れてシンボル機能を持った言葉が出現する場合と、シンボル機能を獲得しないまま成長する場合がある。
・“折れ線現象”を示した自閉症児のほうが予後が悪く、その後の発達の遅滞が大きいと報告されている。(星野ら,1986)
・発達的な観点からは、退行とは言い難く、シンボル機能の形成の不全を意味していると考えられる。
・少数の自閉症児では、シンボル機能を獲得した後に退行を示すこともある。この場合には、脳機能の強い脆弱性あるいは変性を想定する必要もあろう。
3)概念形成の難しさ
・自閉症児の中でも半数以上は幼児期にシンボル機能を獲得している。また、全体としては加齢とともに徐々に発達し、多くの自閉症児がシンボル機能を獲得していく。
・ここでは、シンボル機能を獲得した自閉症児にはどんな認知の障害があるか、について行った研究(太田ら,1978;Ohta,1987)について述べる。
・この研究の対象はDSM-Ⅲの基準を満たし、かつWISCでP-IQ(動作性知能指数)が70以上を示す16名の自閉症児であった。男15名、女1名であり、暦年齢は6歳3か月から14歳4か月、平均年齢10歳2か月であった。対照群は、年齢とP-IQをつり合わせた16名の正常児と多動児であった。
⑴比較の概念における障害
・まず比較の概念が形成されているか否かを調べるために、まるの大小比較が理解できるか否かを調べた。方法は2つのまるの大小比較と3つのまるの大小比較からなっており、我々はこれをLDT-3と呼んでいる。3つのまるの大小比較とは、一番小さいまるを手で隠してどちらが大きいかを問い、次に一番大きいまるを隠してどちらが大きいかを問う課題である。
・この課題では正常発達の3歳児では90%以上が正答したが、対象の自閉症児では16名中7名が正答しなかった。対照群の子どもは全員が正答だった。自閉症群の精神年齢(MA)の平均は7歳で、最低でも4歳2か月であった。当然できてよいはずの大小比較の課題ができず、自閉症児は比較の概念の形成が特異的に落ちていることを示していた。
・次に、空間関係の概念の形成を見るために、LDT-4と呼ぶ空間関係のテストを実施した。このテストの方法は、子どもの目の前に積み木、ボタン、犬(ミニチュア)、箱、ハサミ、を順に並べておき、①犬を取って下さい、②ボタンを箱の上に置いてください、③ハサミを積み木のそばに置いてください、④箱をボタンの上に置いてください、⑤積み木をハサミのそばに置いてください、の5問に答えるテストである。
・結果は、自閉症群の16名中8名は、5問中2問以下の正答であった。対照群は16名すべてが全問正答していた。5問中2問の正答は正常発達の3歳児水準に相応している。
これらの結果から、自閉症児はシンボル表象機能を獲得した後も、関係の概念の形成の時点において発達の困難さを伴うことが指摘できる。
⑵自閉症における認知の特異的パターン
・自閉症児の認知発達の特徴を明らかにするために、対象となった子どもたちのWISCの結果を示す。
・自閉症群の言語性知能指数(V-IQ)の平均は65、動作性知能指数(P-IQ)は85であり、言語性のほうが有意に低かった。下位問題を見ると、言語性の中でも「一般的理解」は最も悪かった。「数唱」は言語性の中では最もよくできていた。動作性の中で、「積木模様」と「組み合わせ問題」の課題は、対照群と同様に正常範囲の成績であった。しかし「絵画配列」のできは最も悪かった。
・この結果は、諸外国の他の研究者の報告(Allen, et al, 1991:Bartak & Lutter,1976;Wassing
1965)ともかなり一致しており、非常に再現性の高い所見であることがわかる。
・Allenらの研究の結果を比較してみると、「WISCの検査のプロフィール」は、驚くほど一致したパターンと達成率を示していた。(動作性に比べて言語性の成績が低い、「積木模様」「組み合わせ問題」が突出してよい、「絵画配列」はできが悪いなど)
・このようなパターンは、自閉症児が、言語性の意味理解の乏しさに対して、非言語性の視覚入力に関する機械的な記憶能力を運動系で表出する能力は障害されていないことを示している。また、言語性であっても、機械的な記憶力に関するものは比較的良好であり、言語的な意味理解を必要とする能力は劣っていることを示している。
・これらの研究結果から、視覚的入力による機械的な記憶能力は10歳代の能力を持っているが、社会性と関係のある言語の表現能力は極めて低い能力しかないと仮定できる。
・ここでの結果は、人種・文化・言語が違い、育ってきた生活や教育環境が違っていても、対象の自閉症児はまったく類似した認知のパターンを示すことを明らかにした。これらのことにより、自閉症児の示す極めてアンバランスで特異な認知のパターンは、自閉症における精神機能のある特定のシステムの障害と深く関係していることが考えられる。そのことは、脳機能の障害の特異性を表している可能性があることを示している。さらに、これらの障害が自閉症の示す必須の症状を形成する一因となっていることが強く推論される。


【感想】
 ここでは、「自閉症児は、シンボル表象機能に障害をもち、遅れて獲得する場合と、獲得しないまま成長する場合がある。後者の場合は、予後が悪く、その後の発達の遅滞が大きい(星野ら,1986)。自閉症児の半数以上は幼児期にシンボル機能を獲得しているが、その後の概念形成に難しさがある。大小の比較の概念、空間関係の概念形成について、テストしたが、正答者数43%~50%程度であり、「特異的に」落ちていた。正常発達の3歳児水準に相応している。また、WISCの結果では、①動作性優位、②「一般的理解」が最も悪く「数唱」はよくできる、③「積木模様」「組み合わせ問題」は正常範囲だが「絵画配列」は最も悪かった。このパターンは諸外国の研究報告ともかなり一致しており、自閉症児に共通した「特異な」の認知構造だと思われる」というようなことが述べられていた。つまり、自閉症には、シンボル表象機能の障害、概念形成の困難さがあり、アンバランスで特異な認知パターンが認められる、という「事実」が述べられている。そこまでは、(事実なのだから)私も十分に納得できるのだが、「その認知パターンは、自閉症における精神機能のある特定のシステムと深く関係している」「そのことは脳機能の障害の特異性を表している可能性がある」「これらの障害が自閉症の示す必須の症状を形成する一因となっている」という推論になってくると、肯けない。まず第一に、「(精神機能の)ある特定のシステム」とは、どのようなシステムか、具体的に「事実」として説明してもらいたい。また「脳機能の障害の特異性」という表現も曖昧である。脳のどのような機能が、どのように障害されているのか、具体的に示してもらいたい。さらに言えば、「これらの障害が自閉症の示す必須の症状を形成する一因となっている」という推論には、根拠が示されていない。もし、その根拠が自閉症に共通した「特異な認知パターン」だと言うのなら、その「認知」と「必須の症状」との関連性(因果関係)が証明されなければならないのではないか。私の独断と偏見によれば、シンボル表象機能に障害があり、概念形成が困難で、動作性優位、「一般的理解」「絵画配列」の成績が悪く、「数唱」「積木模様」「組み合わせ問題」が正常範囲であるというような子どもは、「自閉症児」以外にも、数多く見受けられる(たとえば、いわゆる「学習障害児」)。学習障害児が「自閉症」にならないのはなぜか(学習障害児の「特異的な認知パターン」と自閉症児の「特異的な認知パターン」にはどのような違いがあるのか)。著者の見解を伺いたい、と強く思った。(2014.1.13)


【付記】
 著者らは「自閉症児」を第三者として『客観的』に観察し、その結果を『統計学的』に分析しているにすぎない。一度獲得した言語
が消失していくことを「折れ線現象」と称して、自閉症児の側だけに支障(障害)があるかのように述べられているが、「なぜ消失していくか」ということを、親子の「かかわり方」の問題として考察するべきである。言語に限らず、子どもが発した「泣き声」を親が無視すれば、「泣き声」は消失する。子どもがパパ、ワンワン、ネンネ、バイバイなどという言語を発しても、親がそれを言語として受け入れ「かかわろう」としなければ、消失する。言語はコミュニケーションの手段であり、発信者と受信者の「相互交渉」によって発達していくことは当然であろう。著者らは、①子どもが泣き声を発した場合、親はどのように対応したか、②子どもが喃語を発した場合、親はどのように対応したか、③子どもがパパ、ママ、マンマ、ネンネなどと言い始めたとき、親はどのように対応したか、についても追求しなければならない。
 また、自閉症児に実施したWISC知能検査から、「人種・文化・言語が違い、育ってきた生活や教育環境が違っていても、対象の自閉症児はまったく類似した認知のパターンを示すことを明らかにした。これらのことにより、自閉症児の示す極めてアンバランスで特異な認知のパターンは、自閉症における精神機能のある特定のシステムの障害と深く関係していることが考えられる。そのことは、脳機能の障害の特異性を表している可能性があることを示している。さらに、これらの障害が自閉症の示す必須の症状を形成する一因となっていることが強く推論される」と述べているが、早計である。人種が違っても言語発達は、「喃語期」までは世界共通であり、「育てられ方」が同じであれば、類似した認知のパターンを示すことは当然であろう。子どもの側の共通点を明らかにする前に、親の「育て方」に共通点はないかを考えるべきである。
 専門家は、第三者としてではなく、『第二者』として自閉症児に接することが大切であり、今、スムーズにかかわることができない相手との「かかわり方」(自分と相手との関係)を研究の対象にしなければ、結局「推論」(推測)の域を出ることはできないのである。(2016.12.11)