梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(7)・Ⅰ章 自閉症の概念と本態・5

【要約】
【7.思春期から青年期での変化と問題】
1)自閉症と思春期
・自閉症者にとって、思春期は精神発達の加速があって、自尊心が芽生えてきたりする時期である(Schopler & Mesibov,1983)が、危機の時期でもある。自傷行為、パニック、他者に対する攻撃行動、執着傾向が強まったり、強迫症状などの精神医学的状態を示す者が少なからず現れてくる。
・重要なことは、適切な働きかけと条件を整えることにより、多くの自閉症者は、言葉をはじめ認知と情緒は思春期を越えて発達していくということである。一人ひとりの能力に合わせて社会参加の可能性の開ける時期でもある。
2)対人関係の変化
・対人関係は、概ね成り立つ方向へと変化する。その方向は一見多様であるが、おおまかな特徴がある。
⑴対人関係能力の障害の評価
・Wing & Attwood(1987)の研究では、自閉症について相互的なやりとりの関係の成り立ちに着目、孤立群、受動群、積極・奇妙群、適切な相互交流群に分類している。
・孤立群は、社会的な接触が最も欠けているグループである。
・受動群は、他者に対して自発的な社会的接近をすることのないグループである。
・積極・奇妙群は、他者に対して自発的な接近をするが、その方法は奇妙で幼稚であり一方的なやり方であるグループである。
⑵対人関係の変化
・変化の特徴は、①年齢が高くなるにつれ、孤立群が少なくなり、受動群、積極・奇妙群が多くなる、②知能が低いと孤立群が多く、孤立群、受動群、積極・奇妙群の順で知能が高くなる。
3)適応行動の獲得
・小林・村田(1990)の研究、我々のデイケアの18歳以上のフォローアップの研究によれば、就労者は20%前後であったが、まったくの自立は少なかった。施設入所者はおよそ28%~38% であった。多くの場合、基本的生活習慣は身につけることができるが、社会や職場での適応行動の獲得は困難な場合が多い。
4)非特異的異常行動の変遷
・幼児期に目立った多動などの異常行動の多くは概ね減弱し、代わって無気力が目立つ状態になることが少なくない。対策の原則としては、早期からの適切な治療・教育、年長になってからは、適切なまわりからの働きかけと余暇を過ごす能力の獲得の指導などが必要になる。幼児期から学童期までの不適応行動の変化についての、横断的研究の結果は以下の通りである。
《受診時の主訴についての年齢変化》
・「言葉に問題や遅れがある」:幼児期・学童期ともに90%程度であまり変化なし。
・「知恵が遅れている」:幼児期20~50%程度であったが、学童期には70~80%に増えている。
・「全体的に運動発達が悪い」:幼児期・学童期ともに10~20%程度で変化なし。
・「不器用」:幼児期30%程度であったが、学童期10%程度に減っている。
・「対人関係がうまくできない」:幼児期60%程度であったが、学童期30%程度に減っている。
・「集団生活になじめない」:幼児期10%から40%、学童前期に50%近くまで増えるが、学童後期には10%程度まで減っている。
・「耳が聞こえないようにふるまう」:幼児期には20%余りであったが、学童期には消失している。
・「人に対する関心反応が乏しい」:幼児期は45%程度、学童前期に60%近くまで増えるが、学童後期には20%程度まで減っている。
・「落ち着きがなく多動」:幼児期50%近くまであったが、学童後期では30%以下にまで減っている。
・「変なくせやきまりがある」:幼児前期には10%未満であったが、幼児後期には40%近くまで増え、学童後期には40%を超えるまで増えている。
・「偏食など」:幼児期前期には10%程度、幼児期後期には20%、学童前期には30%以上まで増えるが、学童後期には15%程度まで減少する。
・「自傷行為」:幼児期はほとんどなかったが、学童期には15%程度まで増える。
5)性的行動
・思春期になっても、自閉症者は、他の人と十分な情緒的交流や共感をすることが困難である。異性との間でも同様であるが、異性に対する接近行動や顔を赤らめるような情緒的な反応を起こすようにもなる。異性に対する接近行動は、極めて純真な動機に基づいていることが多い。それは自閉症者に独特なものであり、周囲には理解しがたいことがある。また、相手がどのように感ずるかを考慮できないために、結果的には相手を無視した行動になることがある。(例:セーラー服の模様が気になるという理由で、女子生徒の胸元を覗き込むという行動など)
6)思春期に合併しやすい精神医学的状態
・この時期に、てんかん発作、トゥレット障害、強迫神経症、周期的気分変動などがかなりの頻度で出現する。情緒不安定、パニック、攻撃的行動が増強したときには、これらの障害の合併の可能性を考慮する必要がある。てんかんでは薬物療法が不可欠であり、屋の障害で著効を上げることがあるからである。
⑴てんかん発作
・てんかんは思春期になって初発することがあり、おおよそ20%程度の合併率となる。
・発作型は大発作が多いとされていたが、最近になり複雑な部分発作も無視できないことが指摘されている。
⑵トゥレット障害
・トゥレット障害は、運動性のチックと声によるチックを持つことにより診断される。その症状は、自閉症に伴う常同行動や奇声などとの区別が困難なことがあるが、この症候群を疑ってみたほうがよい。
・トゥレット障害は、自閉症あるいは自閉的な子どもの中で数%から20%の割合で発症する(Kano,et,al 1988)。
⑶強迫神経症様状態
・同じ動作を繰り返したり、何度も物に触ったりする強迫様行動が見られることがある。
⑷周期性気分変動
・この障害は、行動面での減動状態と増動状態が繰り返し起こってくる障害をさす。抑うつ状態、躁状態を思わせる状態を示すことがある。
・自閉症では、対人関係の障害、言葉の発達の遅滞、精神発達の遅滞があるため、自分の内的感情を表現することが困難であるばかりか、感情の発達に遅滞がある。このため、抑うつ状態、うつ病、躁状態、躁病などと診断をつけることが困難である。
・増動状態だけのことは少なく、増動、減動の両極性、減動状態の場合が多いようである。
【おわりに】
・自閉症は、発達障害であり、行動的症候群である。認知と情緒の発達に障害があり、それは脳機能の障害によるものと推測される。原因は様々な要因が関与しており、それらの要因が脳のある特定の機能系に障害を与えることにより、この症候群が惹き起こされると思われる。
・認知や情緒の特異性や、特定の脳機能の障害は、いまだ明らかになっていない。とりわけ、生物学的指標の探求が望まれる。(太田昌孝)


【感想】
 ここでは、「自閉症の(社会適応から見た)予後は楽観できない」とする著者の論拠として、「思春期から青年期での変化と問題」が述べられている。
著者は「適切な働きかけと条件を整えることにより、多くの自閉症者は、言葉をはじめ認知と情緒は思春期を越えて発達していく」「一人ひとりの能力に合わせて社会参加の可能性の開ける時期でもある」と述べているが、著者らの「懸命な」治療・教育を受けてきたにもかかわらず、社会自立できる者は20%程度に過ぎないということであろうか。
また、対人関係は、「概ね成り立つ方向へと変化する」が、「年齢が高くなるにつれ孤立群が少なくなり、受動群、積極群が多くなる」(だけ)ということである。「適切な働きかけと条件を整え」ても「適切な相互交流群」は多くならない、ということであろうか。
 いずれにせよ、「思春期から青年期での変化と問題」の要点を(私なりに)まとめると、以下の通りである。
1.対人関係は、概ね成り立つ方向へと変化するが、①他者の接近を抵抗せずに受け入れる(受動群)か、②他者に対して自発的な接近をするが、その方法は奇妙・幼稚・一方的(積極・奇病群)であることが多い。
2.多くの場合、基本的生活習慣は身につけることができるが、地域社会や職場での適応行動を獲得することは困難である。
3.幼児期に目立った「多動」は概ね減弱するが、それに代わって「無気力」が目立つ状態になる。「偏食」は減少するが「自傷行為」や「攻撃的行動」が新しく現れたりする。
4.性衝動が出現し、強まってくるが、人への対象化がされていないことが多い。(詳細はわかっていない)
5.てんかん発作、トゥレット障害、強迫神経症様の状態、周期的気分変動などが、かなりの頻度で出現する。(情緒不安定、パニック、攻撃的行動が増強したときには、これらの障害の合併の可能性を考慮する必要がある)
 以上で「第1章 自閉症の概念と本態」は終了する。著者(太田昌孝氏)は【おわりに】で、再度、自閉症の原因は「脳機能の障害によるものと推測される」としながらも「認知や情緒の特異性や、特定の脳機能の障害は、いまだ明らかになっていない。(中略)とりわけ、生物学的指標の探究が望まれる」と結んでいるが、《「動物行動学的指標」の探究》を望まないのはなぜだろうか、と私は思った。(2014.1.8)