梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(4)・Ⅰ章 自閉症の概念と本態・2

【要約】
【2.疫学と予後】
1)疫学
・自閉症は、男に圧倒的に多く、男女比は4対1程度である。
・出現頻度は、1万人に対して3~4人とされていたが、最近の日本の研究では1000人に1人以上の割合で出現すると報告されている(石井ら、1983)。これは、日本人に特に多いという民族差の問題であるというよりは、診断基準の運用の問題である可能性が高い(とされている)。また、特定の社会階層から高い頻度で出現することもない(とされている)。
2)予後
・生命的予後については、寿命は一般人口より短いとは必ずしも言えず、青年期に入っても事故死が最も多い死因として報告されている。
・社会適応から見た予後は楽観できない。仕事に就いて、自分で独立して生きていかれる状態の転帰をとる者はだいたい20%以下である。わずかな助けでなんとか自立した生活を営める状態の者もまた20%以下である。これに対して、独立した生活ができず、施設に入ったり、人の助けを大幅に借りなければいけなかったりする者は半数から70%に及んでいる(若林、1980;中根1988)。
・最近になり、思春期・青年期の実態がわかってきた。成長に伴う変化と問題点については、第7節で扱う。


【近縁の障害との鑑別】
・行動が自閉症と似ていても、本態が明確に異なっているときには鑑別が大切である。(例:成人期の分裂病、ホスピタリズムはリハビリテーションの方法や薬物の使い方、治療に対する反応性などが異なっている)
1)広汎性発達障害とその近縁群
・レット症候群、崩壊性障害は、経過や予後が異なっているので分けることの意義が高い。(栗田ら、1991)他の障害については、あまり鑑別診断にこだわるべきではない。
⑴自閉的な子ども
・ICD-10の診断基準で見ると、発症年齢と3つの主要症状がきちっとそろっていなければ、自閉症とは診断できない。当然、境目の症状を持った子どもがいるわけで、その際、非定型的自閉症と診断される。この非定型的自閉症を「自閉的な子ども」と呼んだり、自閉症と非定型的自閉症を示す子どもを合わせて「自閉的な子ども」と呼ぶこともある。この二者は本態的な相違があるかどうかという問題が残る。実際には、治療や教育の面で大きく異ならないが、今後のために、どの範囲を示すかをはっきりさせておいたほうがよい。
⑵古典的症候群
・自閉症との異同が問題とされている症候群として、自閉的精神病質、共生幼児精神病、非定型児などがある。
・自閉的精神病質は1944年にウィーンのAspergerにより記載された。現在では、アスペルガー症候群と呼ばれ、認知能力の高い自閉症の軽症型と考えられている。ISD-10において広汎性発達障害の下位分類として定義されているが、症状が3歳過ぎてから現れたり、自閉症の診断基準を満たさない場合があり、自閉症との異同についてまだ議論がある。
・共生幼児精神病は1952年にMahlerにより記載され、母親と強い共生関係を示すことが特徴的であるとされたが、現在では、自閉症の経過型の1つとされている。
⑶レット症候群
・女子のみに起こる原因不明の疾患である。2歳前後に、手の目的的使用の喪失や手もみ様の常同運動などの神経症状と、知的機能の退行で始まる進行性の症候群である。発症初期にはほぼ80%に自閉症あるいは自閉傾向が認められるのでICD-10の最新案ではサブカテゴリーの1つとしてあげられているが、その後の経過や働きかけが異なるので、広汎性発達障害のカテゴリーに含めるのは適当ではないと思われる。
⑷折れ線型
・自閉症のうち、早い時期の経過において、発達に退行が認められる場合に、折れ線型自閉症と言われる。言語面の退行が強調されるが、治療的、教育的に非折れ線型自閉症と大きな違いがないので、現段階ではあえて分ける必然性はない。
・崩壊性障害もまた、折れ線型の経過をとり、ICD-10では広汎性発達遅滞の下位障害とされている。2歳までの精神発達がほぼ正常であり、その後急速に退行し、自閉症と類似の状態像を示す。脳器質性の障害も考えて医学的検査を十分に行うべきである。
2)発達障害という観点からの症候群
⑴精神遅滞
・精神遅滞は、知的能力の明確な遅れと適応行動の障害で定義される。
・知能テストで見ると、自閉症児の80%ぐらいに精神遅滞を認め、残りは正常の知能を示す。これに対して、圧倒的多数の精神遅滞児は自閉症状を示さない。このことから、自閉症と精神遅滞は異なったカテゴリーであると容易に言える。治療的には、自閉症においては精神遅滞の程度や認知の発達程度の決定が重要になる。精神遅滞の有無は、自閉症の原因論的な相違を示唆しているとも考えられている。
⑵微細脳機能不全(Minimal brain dysfunction:MBD)
・MBDの概念は、子どもの行動的異常は、脳機能の微細な偏奇により起こるとの病因論的観点から付けられた診断である。
・広い意味でMBDの概念を用いる人は、精神遅滞、学習障害、行動障害などの臨床症状を示し、明白な神経学的な症状や脳障害の所見がなければMBDと診断する。もう少し狭く使う人は、臨床症状をある程度に限定して用いている。この際には、MBDは、多動症候群(多動を伴う注意欠陥障害)と特異的発達障害に分けられる(太田、1980)。
・いずれにせよ、MBDは自閉症はおろか多くの子どもの臨床症候群を含みこむことになりかねず、分類的にも治療的にも極めて不適切な使い方である。
⑶多動症候群
・多動症候群は、多動と注意散漫と衝動性で定義される「行動的症候群」である。幼児期の自閉症には、ほとんどの場合多動症状が見られるが、多動症候群とは行動的に区別しておいたほうがよい。それは治療や予後が異なるからである(太田、1990)。
⑷特異性発達障害あるいは学習障害
・特異的発達障害は、言葉や言語、学科学習の能力および随意運動に関する認知機能に視点をおいて定義された発達障害である。したがって、自閉症の「行動的症候群」に対してこの障害は「認知的症候群」ということができる(太田、1991)
・ICD-10では、特異的発達障害は「会話および言語の特異的発達障害」と「学業能力の特異的発達障害」および「運動機能の特異的な発達障害」の3つに区分されている。
・「会話および言語の特異的発達障害」は、「特異的な会話構音障害」、「受容性言語障害」および「てんかん性後天性失語症」の4つに分けられている。
・「学業能力の特異的発達障害」は、「特異的読字障害」「特異的書字障害」「計算能力の特異的障害」の3つに分かれている。
・「運動機能の特異的な発達障害」は単独で構成されている。
・自閉症などの広汎性発達障害は、行動的症候群であるが、知的能力は不均衡であり、認知の特異的な障害がある。このため、診断の際に認知の次元に焦点をあてれば、自閉症と学習障害とは区別できなくなることがある。
・診断は治療や脳機能の特異性に従って発展するものであり、漠然とした概念への流し込みは科学の退行への道である。
・自閉症は行動で定義された症候群であり、特異的な認知や学習の障害を持っている。自閉症の認知面だけを取り出して、学習障害と漠然と括ることはできない。学習障害は単一の障害と考えられがちであるので、注意が必要である。学習障害は自閉症より年齢が高くなってから診断が可能になるので、混乱を避けるためにも、既往歴をきちんと把握し、自閉症の行動特徴の有無を検討することが大切である。その上で、自閉症を伴った学習障害と特定化しておけば、自閉症と学習障害との混乱を最小限にすることができよう。
3)病因論から見た近縁群
・自閉症の発見は、分裂病の発症をどのくらいまで若い年齢まで遡れるか、その場合どのような症状を示すかという歴史的関心の中でされたものである。したがって、発見当初より、自閉症は分裂病の最早期型であるという暗黙の了解が存在していた。また、精神分析学や力動精神医学の影響を受け、心因的障害とも考えられていた。自閉症と、分裂病や環境に対する反応である障害との相異を整理しておくことは、自閉症の病因を考える上で意味があろう。
⑴分裂病
・自閉症と(最早期型)分裂病には、いろいろな違いがあり、異なった疾患である。
・その相異についてRutter(1972)のまとめに従って簡単に述べる。第1は、主要症状が違う。第2は性差が異なり、分裂病は男と女が1対1であるのに、自閉症は4対1である。第3に、知的能力では自閉症では多くが遅滞しており(WISCやWAISなどの)知能検査では特有の不均衡さを示すが、分裂病ではこれらの所見は認めない。第4に、発症年齢は自閉症は3歳未満に発症し、分裂病の発症頻度は15歳くらいから急に高くなり始める。第5には、経過が違い、分裂病は良くなったり悪くなったりの経過をたどるが、自閉症ではこのようなことはない。第6に、分裂病では家族的に出現する傾向があるが、自閉症にはこの傾向はない。これらの点から、自閉症と分裂病は違った疾患だと考えざるを得ない。
⑵ホスピタリズムと被虐待症候群
・この2つの障害は、環境により引き起こされる心因性あるいは環境性の代表的な障害である。
・ホスピタリズム(社会的遮断)などの障害は、施設に入所などして、刺激が少なかったり、不適切な扱いを長期にわたって受けたときに起こる。その臨床症状は自閉症と違っているのみならず、一般的に早くに発見し、良好な環境に戻せばよく治療に反応し、一過性のものである。このように多くの点で自閉症とは違い、区別できる。
・被虐待症候群は、乳幼児期において、親に身体的、性的、精神的な虐待を、意図的に繰り返し行われたときに生ずる症候群である。一般には、自閉症の典型的な症状を示すことはなく、治療的にも自閉症と大きく異なる。
・なお、ICD-10の自閉症の診断基準のE項に鑑別を要する診断としてあげられている脱抑制型愛着障害はホスピタリズムに、反応性愛着障害は被虐待症候群にほぼ相当する障害である。


【感想】
 以上が、「疫学と予後」、「近縁の障害との鑑別」の内容である。
「疫学と予後」では、自閉症は男に圧倒的に多く、男女比は4対1であること、また予後は楽観できず、将来、社会的に自立できるのは20%以下、支援されてなんとか自立できるのも20%以下であり、半数から70%は、独立した生活ができず施設に入ったり、大幅な援助が必要である、と述べられている。
 「近縁の障害との鑑別」では、自閉症と精神遅滞、レット症候群、崩壊性障害、多動性障害、学習障害、ホスピタリズム、被虐待症候群との「違い」がわかりやすく解説されており、たいへん参考になった。要するに、自閉症とは、「診断基準」(3歳以前の発症、3つの臨床症状を「完全に」満たしていることが条件になる。たとえ、臨床症状が類似していても、その条件が満たされていなければ、自閉症とは診断できないということであろう。しかし、その治療や教育の方針が「同じ」であれば、「診断基準」に拘ることは意味がない。まして、「診断基準」は変動(動揺)しており、最近では「広汎性発達障害」に変わって「自閉症スペクトラム」という用語が使われ始めた。「近縁群」も整理され、レット症候群、崩壊性障害は除外されたと聞く。専門家の間では「まず診断基準ありき」といった風潮があるように思われるが、そのことが、はたして「予後が楽観できない」現状を打破することにつながるのだろうか。
 また、著者は「自閉症が心因的もしくは環境的な要因である」ことを明確に否定しているが、その論拠としてRutter(1972)のまとめを引用したとすれば、肯けない。Rutterは、そこで「自閉症」と「分裂病」の違いを述べたに過ぎないからである。さらにまた、もともと臨床症状が異なるホスピタリズムや被虐待症候群が、環境により引き起こされる心因性・環境性の障害であることを述べたところで、「自閉症はホスピタリズムや被虐待症候群ではない。したがって、その原因は異なる」ということ以上の説得力はない、と私は思った。しかし、次節ではいよいよ「自閉症の認知障害」について述べられる。期待をもって、読み進めたい。(2014.1.4)