梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(3)・Ⅰ章 自閉症の概念と本態・1

【要約】
《Ⅰ章 自閉症の概念と本態》
【はじめに】
・自閉症は、アメリカのKannerにより、1943年に“情緒接触の自閉的障害”として最初に記載され、翌年、早期幼児自閉症と命名された。当時のアメリカの精神医学は、子どもの精神障害をすべて精神分析的に理解しようとしていた。子どもの情緒や行動に異常があれば、それはより早い時期の養育環境に子どもをそのような状態においこむ問題が必ずあると考えられており、その原因は親の態度や性格に求められていた。このために、不幸なことに、「自閉」は心因に対する防衛であり、その原因は家族関係、とりわけ母親のパーソナリティに求められるはずだとする神話が生まれた。
・1960年代頃より、精神医学の中で実証的な方向での見直しが生まれてきた。
・1970年代に入ると自閉症についての研究はいっそうすすみ、多面的となった。この研究の成果と治療の積み重ねによって、自閉症は、心因性の障害でないことがますますはっきりとし、また、分裂病の早期発症型であるとする主張も根拠のないことが示されるようになった。ここに、自閉症に対する神話が崩壊することになった。
・現在では、自閉症は脳の機能障害が強く推測される発達障害であり、行動的症候群とするのが妥当であるとされるようになっている。
【1.自閉症の定義と診断】
1)自閉症の初期症状
・自閉症は、幼児期の早期より起こる発達障害である。
・言葉の発達が遅い、人に対する関心・反応が乏しい、落ち着きがなく多動である、耳が聞こえていないように振る舞う、対人関係がうまくできない、などが自閉症児の特徴的な初期症状と言うことができる。
*自閉症児の母親は、言葉と行動上の異常を強く訴えている。これに対して、精神遅滞児の親は、運動発達の遅滞をより強く訴えている。
2)自閉症の症状
・自閉症は、通常3歳くらいまでに起こってきて、3つの特徴的な症状で定義される障害である。①相互的社会交渉の質的障害、②言語と非言語性コミュニケーションの質的障害、③活動と興味の範囲の著しい限局性である。この3つの特徴的な必須症状は行動異常として現れるために、自閉症はそれらの行動で定義される行動的症候群である。
・この症状は、年齢により変化していく。ときには、対人関係の障害を表す自閉症状ですら、軽快することがある。このため、自閉症は発達障害とされている。
⑴社会的な相互交渉の質的な障害
・対人関係において視線、表情、身振りなどを適切に用いない。情緒的な共感や興味の共有ができず、友人関係を十分に発展させることができない。
⑵コミュニケーション機能の質的な障害
・話し言葉がほとんどなかったり、その発達が遅滞すること、言葉が出てきてもそのままオウム返しをしたり、独り言を言ったりして会話のやりとりができないこと、常同的・反復的な言葉を使用すること、会話のピッチ、リズム、抑揚に異常があったりすること、ジェスチャーの使用が見られないこと、ごっこ遊びや社会的模倣遊びが欠けている。
⑶活動と興味の範囲の著しい限局性
・関心が狭くてパターン的であること、特殊な物に愛着すること、独特な仕草で手をかざしてそれを見つめる行動など、常同的・反復的な奇異な運動、些細な変化を嫌がって、もとに戻したり泣いたり、パニックを起こしたりして苦悩を示す。(同一性の保持)
⑷自閉症にしばしば伴う非特異的行動障害
・低年齢では、多動、感覚の異常、極端な偏食、睡眠障害、思春期頃からは、こだわりや強迫様症状、自傷行為、他害などが大きな問題となる。うつ病を含めた周期性の気分変動を伴うこともある。
3)操作的診断基準
⑴診断基準の改定のポイント
・ICD(世界保健機構から出されている国際分類体系)とDSM-Ⅲ(アメリカ精神医学会)の2つがあり、診断の一致率が高くなるようにすること、比較的妥当な下位群を設けることに力点が置かれた「改定」が行われ、診断基準が少しずつ変わってきているが、自閉症の本態が変わってしまうのではない。
⑵操作的診断基準とその運用
・これらの症状は、2歳半から6歳未満の頃に最も顕著に現れる。子どもが2歳半以下のときには、自閉症の3つの必須症状が部分的にしか現れてこないこと、年齢とともに改善の方向に変化することもあることなどから、自閉症の確定診断は困難なことが多い。自閉症以外の発達障害の可能性も考慮し、親に対する療育指導を行って、経過を見る必要がある。
・6歳過ぎになって初めて診断を下す場合には、幼児期の行動特徴について親の陳述のみならず、母子手帳、アルバム、育児日記、ビデオの記録などのデータを用いて、症状把握の客観化を図る必要がある。
・この自閉症の診断基準では、脳障害があろうとなかろうと、早期の症状発現、3つの必須の行動障害とが認められれば、自閉症と診断できる。しかし、一般には、フェニールケトン尿症など特定の医学的障害が基礎にあれば、二次的自閉症と言われたり、特定の医学的障害の診断が強調される。
4)広汎性発達障害と自閉症
・広汎性発達障害は、DSM-Ⅲで初めて用いられた用語である。それには、自閉症自身はもちろん含まれるし、3つの必須症状を不完全ながら併せ持つ発達障害や、症状の発現や発症年齢の相違で自閉症と区別される行動症候群である発達障害をも含んでいる。ICD-10
によれば、小児自閉症、非定型自閉症、レット症候群、その他の小児崩壊性障害、精神遅滞と常同運動を伴う過動性障害、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、特定不能の広汎性発達障害を「一括」して「広汎性発達障害」と呼んでいる。
・これは、現在でははっきりした原因がわからないので、とりあえず自閉症とその周辺の障害について共通の対象認識を持とうとする過渡的段階であることを示している。
・本態研究と妥当な治療を推しすすめることを通し、やがてもっと妥当な診断基準をもつことになろう。
5)多軸診断
・行動以外の側面を評価することが、多軸診断である。(臨床症候群をいろいろな軸で評価する方法である)
・第1軸は臨床的症候群であり、主要な診断である。第2軸は、精神機能の発達水準である。第3軸は病因的あるいは副次的な生物学的要因である。第4軸は、病因的あるいは副次的な心理社会的要因である。第5軸として、全般的適応の水準が必要となろう。
*多軸診断の利点についての例:脳波異常のある自閉症を除外して、自閉症を治療・教育すると、その対象者での治療の成績や教育の効果は全体としてよくなる。その理由は、知能の低い自閉症は脳波異常を示すことが多く、脳波異常のない自閉症を集めると、どちらかというと知能の高いほうが多くなり、結果的には治療や教育効果が上がるほうに傾くことによる。ある2つの施設における治療や教育を比較するとき、多軸診断によらないと誤った結論が得られることになる。
・多軸診断は、異なる立場にある人々が異なる対象について科学的に評価し合うために不可欠な方法である。治療や教育の有効性を、共通して評価するために最低限必要とされる評価システムであると言えよう。


【感想】
 以上が「自閉症の概念と本態」の内容である。要するに、自閉症とは「脳の機能障害が強く推測される発達障害であり」「①相互的社会交渉の質的障害、②言語と非言語性コミュニケーションの質的障害、③活動と興味の範囲の著しい限局性」という特徴的な3つの症状で定義される行動的症候群である、ということであろう。では、具体的に脳のどこの部位の、どんな機能が障害されて①~③のような症状が現れるのであろうか。また、①②③の症状は、相互にどのような関連性があるのだろうか。たとえば、①の「対人関係の中で身振りを適切に用いない」ことと、②の「ジェスチャーの使用が見られないこと」は、一見同じことのように思われるが、その違いは何だろうか。
 また「はじめに」で〈(1970年代以降)この研究の成果と治療の積み重ねによって、自閉症は、心因性の障害でないことがますますはっきりとし〉とあるが、それを決定づけたのは、いつ、誰の、どのような研究成果だったのだろうか。
さらにつけ加えれば、自閉症の症状は「年齢により変化していく。ときには、対人関係の障害を表す自閉症状ですら、軽快することがある」「子どもが2歳半以下のときには、自閉症の3つの必須症状が部分的にしか現れてこないこと、年齢とともに改善の方向に変化することもある」と述べられているが、「軽快する」「改善の方向に変化することもある」とは、どのようなとき、どのような場合だろうか。
 そのような疑問が解明されることを期待しながら、先を読み進めたい。
なお、最近(2013年5月)の情報では、DSM-Ⅳは19年ぶりに改訂され、「広汎性発達障害」という用語は「自閉症スペクトラム障害」となり、その中に含まれていた「レット症候群、その他の小児崩壊性障害、アスペルガー症候群、特定不能の広汎性発達障害」などは削除された由、著者の「本態研究と妥当な治療を推しすすめることを通し、やがてもっと妥当な診断基準をもつことになろう」という予見は当たったのだろうか。(2014.1.3)