梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症」への《挑戦》・8

② 「物のやりとり」をする。
乳児期、辺りにある物を手にとって渡す、「ありがとう」とこちらが喜ぶと、また手渡す。こちらが「もういいよ」と言っても、さらに手渡す。今度は、こちらがお菓子を手渡すと「アンガト」などと言って受け取る。「モット」「チョウダイ」と言って手を重ねたりするようになる。そうした繰り返しが「物のやりとり」の始まりである。そのやりとりが確実になると、相手との距離が離れてもできるようにになる。《キャッチボール》がその代表である。ボールを相手に向かってころがすと、受けとめて、ころがし返す。
 したがって学齢期以降の場合も、《キャッチボール》がスムーズにできるようになればよい。大切なことは、ボールをやりとりしながら、《気持ちを合わせる》ことである。①相手の目を見る(これから投げるよ、用意はいいかという意味が含まれる、手を上げて知らせてもよい。ボールを見せてもよい)、②相手もこちらの目を見る(準備OKという意味が含まれる)、③投げる(相手が受けとめやすい位置、スピードに留意する)、④受けとめる。⑤双方が喜ぶ(ナイスキャッチ)、⑥相手がこちらの目を見る(投げ返すサイン)、⑦「OK」というサインを送る、⑧投げ返す。このサイクルを「何回繰り返すか」、が重要である。回数は多ければ多いほどよい。その間中、こちらと相手の気持ちは《通じ合っている》からである。相手が「やめよう」と言うまで続けるべきである。
《キャッチボール》は、様々な球技に発展する。ピンポン、バトミントン、テニスなどの個人競技から、野球、バレーボール、バスケット、サッカー、ラグビーなどの団体競技に至るまで、その基本原理は変わらない。
 室内の活動では、トランプ、囲碁、将棋、オセロ、パズルなどのゲーム、掃除、片付け、運搬、洗濯、炊事など家事労働を「二人一組」で行えば、「物のやりとり」が不可欠になる。物を媒介として、「二人一組」の関係が、三人、四人・・・、やがてチームという集団に拡がっていく。そこでも《気持ちを合わせること、通じ合わせる》ことが大切であることは変わりない。
 「自閉症」と呼ばれている人の場合、まず「二人一組」という形態で「物のやりとり」を十分に、確実に行うことが重要である。初めからスムーズにできることはないだろう。しかし、あきらめてはいけない。スムーズにできない原因は「こちらにある」と考えて、様々な試行錯誤、創意工夫を重ねるべきである。少なくともこちらは、そのやりとりを「楽しい」と感じなければならない。相手が好きなゲームがあれば、そこに介入して「二人一組」でやる。好きな食べ物があれば「二人一組」で調理する。一緒に物を運ぶ。一緒に部屋を片付ける。遊びや生活の中で、はじめは1回10分程度でよい、それを毎日くりかえすことが大切である。 
 次に、相手の「反応」と「変化」を学ぶことが重要である。そのやりとりを相手が拒否したか、応じたか。緊張したか、喜んだか。初めは拒否したが、徐々に応じるようになり、今では相手から催促するようになった、初めは緊張したが、表情がやわらぎ、笑顔が見られるようになってきた、そのような変化が見られれば、やりとりは成功である。反対に、いつも拒否する、緊張した状態が続くとすれば、「無理強い」しても意味がない。そのやりとりは中止して、別のやりとりを模索しなければならない。大切なことは、あきらめないことである。時間はいくらでもある。相手が生きている限り、そしてこちらも生きている限り、「変化」は期待できるのだから・・・。
(2016.4.28)