梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症」への《挑戦》・1

◆はじめに
 現状では「自閉症は治らない」ということが通説になっている。自閉症の原因は「脳の機能障害」だと《推定》されている。「親の育て方」が原因だと思われた時期もあったが、今、はっきり「それは誤りだ」と《断定》されている。
 私自身も35年間の教員生活の中で、20年ほど「自閉症」と呼ばれる子どもたちと接する機会があったが、「自閉症は治らない」という通説に従って、仕事をしてきた。自閉症そのものは治らないけれども教育は可能である、身辺自立、社会自立を確立すれば、職業自立も夢ではない・・・、そうした思いで「指導」に取り組んだ。その結果、職業自立(企業への就職)を果たした生徒も少なくなかった。しかし、通説どおり「自閉症そのものは治らなかった」。あたりまえである。私自身が「治そうとしなかった」のだから、治るはずがない。
 しかし、それでよかったのだろうか。私は「自閉症」と呼ばれる子どもたちに出会う前10年ほど「聴覚障害」(難聴児)と呼ばれる子どもたちの「指導」に携わっていた。その時も、「聴覚障害(感音性難聴)は治らない」という通説に従っていた。しかし、早期から「教育」を行えば、言語の獲得は可能であり、通常の社会生活にさほどの支障は生じなくなる、という考えで仕事に取り組んだ。その結果、「聴覚障害は治らないけれども」(私の知る限り)ほとんどの子どもたちが、社会自立・職業自立を果たしている。
 そこで思うことは、「自閉症」と「聴覚障害」を同じように考えてよいものだろうか、ということである。「聴覚障害」は《身体障害》に分類され、医学(耳鼻咽喉科)の対象になる。「自閉症」は、便宜上《精神障害》に分類され、精神医学の対象になっているが、その正体(要因、病態、予後など)は、未だに究明されていないのではないだろうか。
したがって、「聴覚障害(感音性難聴)は治らない」というほどに、「自閉症は治らない」と断定できるか、という疑問が生じてくるのである。
 「自閉症は治らない」という前提に立つよりも、「もしかしたら治るかもしれない、だから治そうとしなければならない」と思うことの方が、そう呼ばれる子どもたちの《幸せ》につながるのではないか、という思いを込めて本稿を綴ることにする。


1 「自閉症」とは何か
 文部科学省は「自閉症」について、以下のように定義している。「自閉症とは、3歳位までに現れ、1他人との社会的関係の形成の困難さ、2言葉の発達の遅れ、3興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害であり、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。」(2003年3月)
 また、アメリカ精神医学会(DSM-5)の診断基準について以下のような記述がある。「自閉症スペクトラムの診断基準としてローナ・ウィングらは以下の三つを上げている1.対人関係の形成が難しい「社会性の障害」2.ことばの発達に遅れがある「言語コミュニケーションの障害」3.想像力や柔軟性が乏しく、変化を嫌う「想像力の障害」これを「三つ組の障害」と呼ぶ。」(ウィキペディア百科事典)
 双方は「ほぼ同じ」内容だが、アメリカ精神医学会は{自閉症スペクトラム」と称している。《スペクトラム》とは、「連続体」という意味であり、上記3項目の行動特徴は、健常者の行動特徴と「連続している」と、私は解釈する。つまり、自閉症者の行動特徴は、健常者にも見られるものであり、両者の間には「連続的な差」が生じているに過ぎない、それは「量的な差」であって「質的な差」ではない、ということである。
 言い換えれば、「自閉症児・者」と見なされた人の、①対人関係の難しさ、②言葉の発達の遅れ、③柔軟性の乏しさやこだわり等々という行動特徴は、誰にでも「しばしば見られる」ことであり、その頻度が多すぎたり、持続・固定してしまった場合を「自閉症」と呼んでいる、ということである。
 そもそも「自閉症」とは、英語「オーティズム」の訳語であり「自ら動く」という意味が含まれるべきである。「自閉」という和訳は、本来の意味を正確に表していない点で《誤り》ではないだろうか。
【結論】
・「自閉症」という名称は不適切であり、またその「定義」も、健常者との間の「質的な差異」を決定しているわけではない。「そのような傾向がめだつ」に過ぎないのだから、「存在しないもの」を「ある」ように錯覚し、「自閉症」というレッテルが(ひとり歩きして)、子どもたちの幸せ(人権)を侵すことがないように留意するべきである。
・「自閉症などという子どもは、もともといないのだ」という前提に立って、しかし、現実には生じている様々な「問題」(支障・困難)を考察・解釈し、それに対する「手立て」を生み出していかなければならない、と私は思う。 
(2016.4.18)