梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症 治癒への道」解読・《15》第7章 方法論について

《感想》
《方法論について》
 ここでは、これまでの論述をふりかえり、自閉症に関する「研究方法」に対して「一般的な注釈」を加えている。その内容は、従来の「児童精神医学」における研究方法の「不完全さ」「誤り」を(暗に)批判し、その中に「比較行動学」の方法を取り入れるように提唱する、というものであった。たいへんに興味深い。


◎要約
⑴仮説の「妥当性」を吟味すべきである。
・児童期の精神的な異常は、「こみ入った現象」であり、細部にわたって研究すると同時に「全体として」とらえて研究しなければならない。
・子どもの異常な行動の研究は、当分の間「探索的」でなければならない。それはまず、子どもの行動の観察から始めなければならない。「異常な行動」(行動機構の機能障害)は観察できるが、そのもとになる原因的な出来事は(目に見えるほど直接的には)観察できない。
・研究者がそこにパターンと連続性と相関性を識別できるまではいつまでも混沌のままである。そのパターンの中の特定の一部だけに集中して、それが現象全体の部分であることを忘れると、無関連・無意味な事実の集積になってしまう。
・自閉的な状態の核心的な問題は何かについて、認知と言語の障害、過覚醒、遅れ、その発生について「器質的」あるいは遺伝的な面を重視する考え方は、全体的な妥当性についてまだよく検証されていない。
⑵何が原因で何が結果かを明確にすべきである。
・物事のあいだの「因果関係」と「相関関係」は区別されなければならない。AとBのあいだに相関関係があるということは、Aの原因はBである、Bの原因はAである、あるいはAもBも共通の原因をもっている、ということである。したがって過覚醒が自閉的状態の第一義的な側面であるという考えは、高度の全般的覚醒は強い持続的な葛藤動因のよって生じる結果である、という反対の解釈もできる。また、血小板の機能異常を自閉症の発生要因と考えるか、それが自閉症の結果であると考えるかは、ともに同程度の可能性があり、考える側の随意である。末梢神経(感覚あるいは運動の)機能障害が自閉的であることの決定要因(構成要因)であって結果ではない、という考え方にもあてはまる。どちらは正しいかを決めるには、実験によるのが最良だが、倫理的限界を越えるので実施不可能である。しかし、ひとつの理論に基づいた治療や回復指導が他の理論に比べて効果的かどうかを検証すれば、「推測」によって、決定的実験に代えることができる。(6章、9章)
⑶問題相互の概念的な違いを区別しているか
・動物行動学では、一方の機能に関する問題と、もう一方の、その下に横たわる原因についての問題を、概念としてしっかり区別する。さらに原因については、以下の三つを区別する。①一瞬一瞬の動きの原因(自閉的であるという「状態」の生理機能)、②生成の原因(初期段階から進んだ段階へと変化していく原因(自閉症の病因)、③進化につながる(連続する世代の中で個体発生にみられるゆっくりした変化)「自閉症の歴史」の原因。
現在、①と②が、ひとつの問題であるかのように考えられている。さらに、自閉的発達を統御(抑制・治療・予防)するという問題が、自閉症の本質の問題、ならびに病因の問題の論議と、ほとんどまぜこぜに論議されている。
⑷診断の段階からすでに混乱がある。
・子どもが「真正の」自閉症であるとか、「拒絶症」、「反応性」、「失語症」、「選択的(場面)緘黙」その他のどのタイプの子どもかといったような議論は不毛であり、研究を妨げるものである。診断の記述や見解の中には、観察された事実に混じって、「教育不能」というような推論がはいっているものもある。
⑸「じっと見て考えること」(観察ー解釈)がなぜ重要か・
・あらゆる自然科学は、観察ー解釈の、質的探索的な、あるいは予備考査の段階を通過しなければならないが、それをとばすか急いで通りすごしてしまい、時期尚早なのに「測定」や「実験」に頼ってしまう《誤り》を、現代の精神医学はくり返している。心理テストは、子どもの能力を十分反映したものにはならない。
・脳波や血液標本をとったり、脳の断層撮影をしたり、神経学的・心理学的な検査は、何を「しないか」を示すだけで、何が「できないか」を示してはくれない。自閉症児に観察される行動の下にある動因の葛藤を解明するすることの方が、ずっと重要である。
⑹しゃべらない動物と自閉症児の行動をいかに解釈するか。
・動物行動学における、動因の葛藤に起因する行動の観察と、その解釈、実験的研究の組み合わせを、重い自閉症児の研究方法に適用するのはうってつけである。その理由は、どちらもしゃべらないということである。
・しかし、児童精神科医、両親、治療士、教師たちは、動物行動学の価値を認識するのがたいへん難しい。
⑺研究者や治療者の前で「しない」のは「できない」からか。
・自閉症児は、野生動物同様、「観察者からの干渉」に対して非常に敏感な有機体(全体的機能系)の典型である。
・大部分の野生動物と同様、自閉症児は見知らぬ人に対して、基本的にはひきこもり反応をする。しかもその反応が強いので他のすべての行動を抑圧してしまう。しかし、研究者、教師、治療士、両親までも含めてその大多数が、(子どもから無視される)「自分を目立たなくさせる」ことの不可避的必要性に気づいていない。 ・子どもが何かを「しない」というだけの理由でそれが「できない」という結論をだしてしまい、子どもがもっていながら現そうとしないか、現したがらないか、あえて現すことをしない能力を見のがしてしまって、探し出そうともしなくなる。
⑻正常な子どもについてどれだけ知っているか。
・大部分の児童精神科医は、正常な子どもの《行動》の発達については何も知らない。正常発達のことはもうわかっている、と過信している。正常な子どもの行動の発達を理解し、記述し、順序づけ位置づけることは、まだ完全にはできていない。自閉症を、発達の正常な道すじからの「逸脱」として理解するうえで、正常な発達を理解し、それと比較することはきわめて重要である。
⑼初期に、外的な刺激にどう反応したかが重要
・①すべての行動を外からの刺激に対する反応とみる考え方、②発達は白紙状態の心から出発するものとみなし、行動は学習のみによって発達するという考え方、が正しいかどうか、今ようやく研究され始めたばかりである。①の考え方を重視した結果、外的支配に関する重要な発見がもたらされ、われわれの理解は格段と進んだ。連続的に変化する(環境に対する)子どもたちの反応に注意して研究を始めたが、精神医学的研究のほとんどは、そのことに無関心である。「初期に、外的な刺激にどう反応したか」について研究しない限り、自閉的な状態とその起源を理解することはできないのではないか。
⑽自閉症への洞察と理論化はこれから始まる。
・1920年代以来の「動物行動学」が明らかにした中核的基本的考え方は以下の通りである。①行動は、消化、排泄、内分泌系のような系と同様に、器官系(感覚器官、神経系、筋肉を含む)の働きの結果である。②この行動器官の系は、それぞれの動物(ヒトも含む)にとって「生存のための仕組み」(生殖のための仕組み)の一部であること、その系は複雑な適応の仕方をしており、進化(動物の場合は自然淘汰による遺伝的な進化、ヒトの場合には「心理社会的」「身体外部的」「文化的}変化が付加される)の結果としてみるべきである。自閉症の研究には、これに匹敵するような洞察がみられない。従来の研究は、「理論を求めての断片的情報の堆積である」。われわれのアプローチもまだ最終的な解釈には達していないが、一連の妥当性のある仮説を導き出しており、その仮説は新しい治療の結果によって確認されはじめている。
⑾「理解のための理解」よりいかに治すかを優先すべきである。
・およそ研究というものは、健康の増進、病気の治療、不健康からの解放へ向かっての手段である、ということは自明だが、医師、生物学者、化学者、薬学者たちの研究目的が「理解」という知的「ゲーム」になってきており「治す」ことの探求から離れてきている。
・そのような「微少分析的方法」と並行して「入力ー出力法」《子ども、母子関係を「ブラックボックス」とみなし、さしあたりその内側については探ろうとせず、そこの「入力」(治療)を「入れ」たら何が「出てくる」(病気の悪化・改善、変化なし)かを観察する》をより組織的に適用することが緊急に必要である。  
⑿科学的な議論に非合理的な思考が入っていないか。
・両親の気持ちには、自閉症の原因には環境(育て方)が大きく影響している、という考え方に対して抵抗がある。精神科医は、自閉症の原因論がまちまちな中で「両親を責めて傷つけたくない」と思い、その抵抗を受け入れ、「生得的」「器質的」な原因論を(感情的・非合理的に)支持しているのではないか。
・「教育不能」(自閉症は治らない)という神話を支持している医師、治療士も、これまでの教育が終始失敗しているのだから、教育可能性を信ずることは「感情的」に難しい。
⒀専門家は心を広くもち謙虚であってほしい。
・医学のこの分野では、「権威」に対する信頼があり、それが医学界の階層構造と強く結びついている。その体制は、保守的、一方的、技術偏重的、尊大だと、一般人から感じられている。「専門家にわからせようと思っても無駄だ」と言う人もいる。
・他の分野と考えや研究法を交流することは、双方に進歩をもたらす。


《感想》
 著者の論点(従来の研究方法に対する批判)は、以下のように要約されると思う。
1 自閉症(児)の研究は、その行動「全体」を見渡して(観察・分析・解釈)「野外的に」行わなければならない。従来の研究は、その「行動」の「一部分」だけを、限られた場所、人、時間の中で(干渉的に)見て、その特徴(情報)を列挙・堆積しているにすぎない。
2 自閉症の原因が、「生得的」か「環境」か、は「推測」する限りでは、決められない。その原因が取り除かれた時(改善がみられたとき)、どちらが妥当であったか明らかになる。
3 自閉症の原因という場合、その中には①子どもが自閉的状態になる原因、②その状態が永続(進行)し、自閉症児になっていく原因(病因)、③1940年代以降、工業化された文明社会に「自閉症児」が発生した原因(自閉症の歴史)が含まれる。しかし、「生得的」「器質的」原因論では、①と②が混同している。
4 自閉的発達を統御(抑制・治療・予防)するという問題が、自閉症の本質の問題、ならびに病因の問題の論議と、ほとんどまぜこぜに論議されている。
5 自閉症に関する科学的な議論の中に、「非合理的な思考」(両親の心理的な抵抗・罪障感を強めたくないという感情、これまでの教育的失敗を認めたくないという感情)が含まれていないか。


 この著書が刊行されて40年が経過したが、著者が期待した「専門家の謙虚さ」「他の分野との考えや研究法の交流」は「水泡に帰した」感がある。ちなみに、現在の「自閉症」に関する情報は、未だに以下の通りである。


1《自閉性障害の判断基準》(「日本自閉症協会」ホームページより引用)      
 A.(1),(2),(3)から合計6つ(またはそれ以上),うち少なくとも(1)から2つ、(2)と(3)から1つずつの項目を含む。
(1) 対人的相互反応における質的な障害で以下の少なくとも2つによって明らかになる:
 (a) 目とめで見つめ合う、顔の表情、体の姿勢、身振りなど、対人的相互反応を調節する多彩な非言語性行動の使用の著明な障害。
(b) 発達の水準に相応した仲間関係をつくることの失敗。
(c) 楽しみ、興味、成し遂げたものを他人と共有すること(例:興味のあるものをみせる,もって来る,指さす)を自発的に求めることの欠如。
(d) 対人的または情緒的相互性の欠如。
(2)以下のうち少なくとも1つによって示される意志伝達の質的な障害:
 (a) 話し言葉の遅れまたは完全な欠如(身振りや物まねのような代わりの意志伝達の仕方により補おうという努力を伴わない)。  (b) 十分会話のある者では、他人と会話を開始し継続する能力の著明な障害。
 (c) 常同的で反復的な言葉の使用または独特な言語。                         
 (d) 発達水準に相応した、変化に富んだ自発的なごっこ遊びや社会性を持った物まね遊びの欠如。
(3) 行動、興味および活動の限定され、反復的で常同的な様式で、以下の少なくとも1つによって明らかになる:             (a) 強度または対象において異常なほど、常同的で限定された型の、1つまたはいくつかの興味だけに熱中すること。
 (b) 特定の、機能的でない習慣や儀式にかたくなにこだわるのが明らかである。
 (c) 常同的で反復的な衒奇的運動(例えば、手や指をぱたぱたさせたりねじ曲げる、または複雑な全身の動き)
 (d) 物体の一部に持続的に熱中する。
B.3歳以前に始まる、以下の領域の少なくとも1つにおける機能の遅れまたは異常:
 (1)対人的相互作用、(2)対人的意志伝達に用いられる言語、または(3)象徴的または想像的遊び。
C.この障害はレット障害または小児期崩壊性障害ではうまく説明されない。
* 引用(DSM-IV 精神疾患の分類と診断の手引)
 また、「東京都自閉症協会」のホームページには以下のような記述もあった。
〈自閉症とは・・・自閉症とは、先天的な原因から、
1.対人関係の特異性
2.コミュニケーションの質的障害
3.こだわり等イマジネーション
という3つに特徴があらわれることから診断される障害です。「自閉」という言葉からイメージされる「自らこころを閉ざしている病気」ではありません。また、育て方によって、後天的になるものでもありません。
原因は、まだ不明ですが、さまざまな所見や遺伝的研究から、先天的な脳機能の違いが原因となる障害だと、考えられています。
自閉症は、重度の知的障害を合併している人から、知的な障害がほとんどない人、IQ(知能指数)が通常より高い人まで幅広く、その個性も多様です。どこからどこまでが「知的障害」、どこからどこまでが「自閉症」と区切れるものではなく、まるで虹の光のように連続していることから、自閉症スペクトラム(Autistic Spectrum Disorder:ASD)といわれます。
従来、知的障害のある(IQ70~75以下)人が7割から8割といわれていましたが、ここ数年、知的障害をともなわないタイプの自閉症が広くしられるようになり、早期発見が進んだことから、知的障害をともなわないアスペルガー症候群などの高機能ASDの割合が増えていると、医療機関や教育機関では実感されています。
また、てんかんを発症する自閉症児・者の例は多く(20%以上)、重度知的障害のある人の方がその割合が高いというデータがでています。そのほか、さまざまな感覚や、運動機能に特異性をもつ人もたくさんいます。このことからも、自閉症が精神の障害でなく脳の機能・器質障害であると想像されます。〉(2013.12.1)