梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症 治癒への道」解読・《14》第6章 自閉症はどこまでよくなるか(2)

◎要約
《その他の「治療法」》 
⑵シュリープマンとケーゲルの行動変容療法:従来ふうの言語治療で「技術を教える」という面が多いが、それらすべてのことが温かい、愛情深い、心のつながりの中で行われている。①その治療がうまくいくのは「情緒的レベルの治療」(子どもにとって安泰な環境を作り出すこと)に最重点が置かれているからではないか。②技術を教えることは不必要ではないか。両親を共同治療者として参加させていることも興味深い。
⑶ウォールドン博士の父親的態度による治療:まず一回ごとの治療で、できるかぎり対人的な圧力の少ない自由な場面を作り出し、その中で、子どもがそれまでに到達しているレベルに合わせてできることを積極的にやることを励ます。ねらいは、子どもにできるだけ早く必要な努力を全部ひとりでさせることであり、自分のしていることにすっかり没頭して、教師など、おもしろいことをさせてくれる人という程度に無視してくれることである。最初の能力水準は、子どもの前に提示したいろいろな材料(積み木、ペグ、パズル、マッチングや分類に使うもの)に対する子どもの自発的反応を観察することによって評定する。それが決まったら、教師はそのままさりげなく子どもの前に材料や課題を置き、子どもが没頭しやすいようにする。教師は子どもの後に立つ。子どもはテーブルに向かって座る。教師は子どもが身体的能力を最大限に発揮し、作業能力と理解力を「自己最高」水準まで出しきれるようにするために必要な援助「のみ」を、ことばを使わずに行う。(ちょうどその面が伸びていく先端のところで真の学習が行われるからである)このような「非対人的指導」には、十分な練習と鋭い観察眼と高度な自制心が必要である。子どもにとっての最終目標は「順応性」と「自信」である。《著者の訪問・見学記録》(1978年):ウォールドン博士は、子どもに「教え込む」ことを控えていた。子どもの注意を課題に向けさせた後は、全体として支持、無言の励ましを与えるだけの役割に留まり、自分の行動を調整していた。「強制」はみられなかった。子どもがためらったり失敗したときは、「ごく微妙な」働きかけをして、興味をつないだり励ましたりしていた。成功、成就した時にも「べたほめ」するようなことばは聞かれなかった。タイミングのよい承認ばかりが大量に見られた。子どもの態度も、博士の行動に大きく左右されていた。博士がそばにいて見守ってくれることを望んでいるように見えたが、博士が時おり引っ込んでしまうことにも耐えていた。博士は意図的に子どもをテストし、自律性を高めようとしていたものと思われる。指導時間全体は、博士の情緒的影響力の波の上を漂っているように思われた。博士の行動はよい「父親」を思わせるが、その「父親的神格性」(父親的態度のもつ情緒的側面)は決定的な重要性をもつものではないかと感じられた。子どもがいろいろなことに挑戦することによって育ってくる「自信」が情緒的成長に貢献するからである。
・ウェルチ博士の「抱きしめ法」とウォールドン博士のやり方には、大いに「親近性」がある。身体的に抱くことは、回復過程の第一段階で、ひとたび母親や家族との関係が確立した後には、接触を伴わない「精神的支持」(接触なしの抱きしめ)が有効に働くということではないだろうか。
・ウォールドン博士の方法は、身体的「抱きしめ」を「卒業」した子どもにもっとも有効なのではないかと考える。
⑷ドーマンーデラカート式治療法:この方法は、さまざまなテストによって、「脳のどこが傷ついているか」を明らかにし、特定の機能障害が発見(推定)されると、子どもはその感覚領域についての強力な感覚刺激体制に入れられる。さらに「できない」(していない)運動を受動的にさせる「被動運動」の治療の型に入れられる。この治療は14段階のうち、現在できている段階のすぐ上から始めて、ゆっくり段階を登らせていく。今の段階を十分に身につけるまでは、次の段階に「登る」ことはさせない。また、この治療は、主として母親が行うことも特徴である。運動そのものの欠陥が重すぎるという理由で治療を拒否された子どもはひとりもいない。治療の結果は、治療終了時には開始時と比べてかなり能力が高くなっており、14段階の区分からいって平均4.2段階向上している。向上の幅はゼロから13段階である、ということで治療そのものはたいへん効果的である。1979年にドーマン博士が運営する人間能力開発研究所を訪問した時の印象は、職員がひとりひとりの子どもと親に対して、好意・愛情・信頼・尊重の雰囲気を発散させている様子が、じつに印象的であった。これほど多くの子どもたちが、これほど驚くべき進歩を示したのは、「技術の訓練」が《驚くほど好ましい対人環境》の中で行われているからである。自閉症児にドーマンーデラカート法がどの程度有益かを判断することは、われわれにはできない。
⑸ローン・カウフマンの父親の実践:両親がデラカートの考え方にしたがって強力な治療を行いながらも、対人関係づけをめざした強力かつ持続的な作業を進めたとき、目をみはるような成功を収めうることが如実に示されている。(父親の本の内容は10章に要約されている)
⑹クランシー、マクブライドの治療法:これまで治療の対象になった16人の子ども全部にことばの面の改善がみられているが、言語治療はまったく受けていない。その治療法は独創的である。母親にやり方を説明し、母親に協力の気持ちをもたせる。食べ物の拒絶反応を直すのに、好きな食べ物がのっている皿に、拒絶する食べ物をごく少数のせる。こうすると、子どもが食事を全部拒絶することがある。そうしたら、食事を片づけてしまって、その他の食べ物はほとんど与えない。結果的に、最初の期間は断食状態になる。子どもは欲求不満でじれるので、母親の憂慮を増すことになる。(治療士をうらむ)けれどもいったん子どもが新しい食べ物を受け入れ始め、それまでの分まで食べるようになってきたら、対人接触、母子の目と目の接触を促進するための操作的条件づけを始める。子どもは石けんの泡(シャボン玉)に強い興味をもっているので、子どもが母親の方をちょっと見たら泡の強化刺激を与えて、徐々に目と目の接触をつけていき、親密関係をつける過程を促進していく。この方法が成功するかどうかは、母親の意欲いかんによる。治療士が子どもに対して意図的に軽い「拷問」を加えた場合、母親には子どもからの「超正常な」苦悩の信号に反応してやるよう(しばしば抱きしめてやるところまで)指導している。また、できた時の報酬には、食べ物以外で子どもが喜ぶものを利用すべきである。
⑺エリーの母親の計算機利用の行動変容療法:軽い自閉症の子が腕時計型の計算機に興味をもった。その子はそれを使って、その日に「おりこう」だったことの回数を自分で数え、1回につき30点の賞をもらうことにした。そこで母親は、次の一週間に賞を与えられる特定の語や表現や行為を決め、娘と「契約」した。「おまちがい」は罰として減点される。あまりむずかしい課題は除外した。古い問題が解決するとそれは「契約」からはずされ、新しい課題が加えられた。まもなくその子は何百点も稼ぐようになった。「プールのコースを泳ぎ切ったら1000点と決まると、それまではひとかき、ふたかきしか泳がなかったのに、ある日の午後だけで6回も泳ぎ切った」そうである。この方式では、自閉症児のもつ変わった特徴(体系、計算、儀式、ばか正直など)をうまく生かして利用している。
⑻ラッテンバーグ博士の「臨床教育」:その基盤は、教育的治療と精神衛生治療を統合しているところにある。課題は、すでに身につけていることより少し難しいものに取り組ませる。指導過程は①「関係ー確立過程」、②「動機ー発達」過程、③知覚再訓練過程、教室内行動管理過程の順にあげている。その理念は、精神分析の理論に立っており、われわれにはその妥当性を判断する力はない。1978年に訪問したが、遊び的な訓練が数多く行われており、その治療的価値は「相互反応」そのものにあるのではないか。実際に行われていることを見た限りでは、子どもは全体としてこの治療によく反応しており、「有効」(だろう)と思われる。
⑼東京の安田生命社会事業団こども療育相談室(指導者・佐々木正美博士)では、自閉症児を普通の学校生活に中に統合し、正常児と互いにかかわらせることの治療的価値を利用している。「他の子どもによる治療」と「教師による治療」と「家庭での治療」に重点をおいた実践であり、①対人関係の広がりに大きな進歩がみられたこと、②いろいろな技術を覚えたこと、が示されている。
⑽ロイズ氏の乗馬療法:三つの異なる学校から集めた86人の子どものうち73~75%に著しい進歩が見られた。(自信、対人関係、ことば、緊張緩和など)「27例のうち14人までが、最初のことばを鞍の上にいるときにしゃべった」。子どもが発する無力感を馬が感知し、それが子馬に対する時のような反応をさせるのである。ロイド氏によれば、馬が子どもに対していら立ちや非協力的な兆候を示したら、それは子どもの進歩の兆候である。子どもの進歩が、より依存的な態度や、支配的な行動という形で現れる結果なのであろう。
⑾犬やペットの役割:ひきこもり状態の子の対人関係を広げていく最初の段階として、各種の愛玩動物も役立てることができる。
《特殊学校》
・さまざまな学校の中でも、自閉症児に対する「対人関係」づくりに重点をおいた治療教育が実践されていると思われるが、その「教育法」や「結果」の詳細が公刊されていないことは残念である。
【「自己流」ママ(両親】:両親の「体験記」などは、通俗的な文章で書かれているためか、専門家集団からおおかた無視されてきた。今後の有効な教育法、回復指導法の探求に当たって、「自己流」の親のアイデアは重要である。(10章で紹介する)①この子どもたちの大部分は主として母親によって救われている。それに父親の「精神的支持」や「支援」が加わっている。②自己流治療法の核心は、最重点を「超母性的愛護」におき、子どもと母親の(おいおいは家族との)絆の強化を図り、無数のこまごまとしたことについては、子どもの能力の発達段階に合わせ、必要なしつけについてはしかるべき配慮をしている。特殊な興味が目立ってきたら、そのような高い能力の「片鱗」を伸ばすように心がけている。いかなる専門家の治療といえども、優れた自己流両親のやっていることに匹敵するものはない。
【「絶望的」な例】
・母親は、外部の人との接触では、一見温かい母性的な態度を見せているが、自分が誰からも見られていないと思っている時、邪険な面が現れる。
・そうした母親の大部分は、自身、不満足な不幸せな状況のもとに成長した人たちであり、子どもと同じくらい助けを必要としている人たちである。
・子どもに対する母親の両面感情とその行動について深い理解をもった治療士が必要であり、また必要な指示に母親を従わせるだけの十分な権威をもっていることが必要である。


【結論】
・「真の」自閉症にこだわるべきではない:これまで紹介した治療法には、自閉症以外を対象にしたものも含まれているが、その病因を深く探っていけば「親近性」があることがわかるし、どれかひとつについての理解が深まれば、他の障害の理解にも役立つ。
・対人関係の再建が治療の基本:ウェルチ博士の絆再建法を治療の中心に据え、それに有望な、優れた治療法を取り入れ、より効果的なものにしていくべきである。予防法としてもっとも現実的なのは「早期警戒信号」にもっと大きな注意を払うことである。おとなしすぎる子、対人接触を拒否する子、母親の不安過剰、無経験、入院、転居などの外傷体験などが悪影響を与えているおそれが認められたら、関係する大人たちを警戒体制に置き、自閉症過程が進行しないうちに、愛着形成と対人関係づくりに格別の努力をしていくことが大切である。そのような治療は早く始めるほど効果が大きい。
・まず有望な治療法をとり入れる試みを:ひとりでも多くの治療者がこれらの有望な治療法を適用してほしい。やってみようともしないということには、弁解の余地はない。
・かなり多くの自閉症児が「完治」しうる。
・「教育不能性」は推論であって、事実ではない。「これまでのところ」、自閉症児を回復させることができなかったという事実で、「これからも」回復させることはできないと「断定」することはできない。


《感想》
 ここでは、自閉症に対するさまざまな(有望な)治療法が紹介されている。それらの共通点は、「情緒的なレベルの治療」を最優先させているということであろうか。また、「両親の参加」も欠かせない条件であろう。まず、母子の絆を確立して、子どもの不安を取り除くこと、次に好奇心を芽生えさせ、のびのびとした探索活動を「対人関係」を媒介として展開させること、訓練よりも遊び、技術よりも意欲に重点をおいた「治療法」を行えば、《かなり多くの自閉症児が「完治しうる」》ということがわかった。(2013.11.30)