梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症 治癒への道」解読・《2》第2章・序章

《第2章 序章》
【感想】
 ここでは、まず「『自閉症児』とはどんな子どもたちか」について述べられている。その要点は以下の通りである。①正常な対人関係を結ぶことがまったくあるいはほとんどできないこと、②慣れない世界に踏み出すことをしたがらないこと、③ことばが発達しないこと、あるいはことばの退行。④限られた数の「常習的な癖」あるいは「常同行動」を頻繁に行うこと、⑤決まった日課などの変更を含めて、自分の(物理的・対人的)環境の変化に対する回避および抵抗、⑥「良好な、またはすぐれた能力の片鱗」を伴う全般的な遅滞、⑦睡眠障害。以上の行動特徴のすべてあるいは大部分をしめす子どものことを「自閉症児」という。
 次に、これまでの研究者のアプローチと異なる、以下の三点を強調している。
〈⑴自閉的状態すなわち自閉症であることをどうすれば理解できるか、その本質は何か。(上述①から⑦までの)異なる症状は互いにどのようにつながっているのか。(3章、4章で論ずる)⑵ 何が子どもを自閉症にさせる可能性をもつか。何が子どもの発達に「脱線」を起こさせるのか。そういう病因論ないし個体発生の問題についての追及は5章で扱う。⑶どうしたらこの事態に影響を与えることができるか、どうすればその状態を改善し、治癒させ、もし可能なものならそれを予防することができるか。(6章)〉
 著者は、自閉的な状態の本質を「情緒的(エモーション)ないし動因(モチベーション)の障害と考えている」。その原因として、「遺伝」や「器質的な異常」よりも「初期の外傷体験」が大きく関与しているだろう。カナーやベッテルハイムは、それを「冷たい親」の育児法に因るとし(て責め)たが、その大多数は親の「過ち」であるとはいえないものである、とも述べている。しかし、「難産」「引っ越し」「上の子の世話」などで、親のストレスが高まり、いくつかが組み合わされると〈子どもと母親の進路をスタートから誤らせてしまうのに十分であり、いったん道を誤ると、子どもと親が互いに強く相手を傷つけ合う結果になりやすい。「自閉症をひき起こす」環境的要因の多くは、子どもと同様に親をも犠牲にする。もし、親が無意識に子どもを傷つけてしまったとしたら、もちろんその親を責めることによって罪障感を増大させるのではなく、自責の念を乗り越えるよう手助けするほうがよい。〉さらに、〈もし、自閉症児が早期に発見され、母子双方が互いに親密な温かい絆を作るように援助されれば、回復率は今一般に信じられているよりもはるかに高くなるだろう。(中略)まず第一に、子どもの異常な不安感をへらし、自分の子どもに気持ちの上でつきあえないという母親の無力感をへらすことに最重点が置かれていること。およびそのためには、子どもとその母親の間に強い絆を再建することが一番であること。そしてもしそれがうまくいくと、子どもは具合が悪かった間にもすでに思いのほか多くのことを学んでいたことを証明してくれるし、情緒的回復に伴って対人的にも知的にも、どんどん進んで発達していくものであることをみせてくれる。(新しいより効果的な治療法については6章と9章でその要点を説明する。10章では事例を紹介する)〉ということであった。
 自閉症の原因については、現在でも諸説紛々で、厚生労働省は「自閉症の原因はまだ特定されていませんが、多くの遺伝的な要因が複雑に関与して起こる、生まれつきの脳の機能障害が原因と考えられています。胎内環境や周産期のトラブルなども、関係している可能性があります。親の育て方が原因ではありません。」といった表現で「言葉を濁している」が、要するに「不明」であることは間違いない。しかし「親の育て方が原因ではありません」と断定しているのはなぜだろうか。「胎内環境や周産期のトラブル」は「親の育て方」と無関係と断定できるのだろうか。アメリカのカナー博士が、はじめて自閉症を症候群として報告したのが1943年、日本では1952年(第49回日本精神神経医学会総会・名古屋大学精神科の鷲見たえ子氏)ということであれば、それ以前には自閉症児は存在しなかった、ということになる。また、カナー博士が報告した自閉症児は、すべてが上層階級の子どもたち、日本もまた戦後の「核家族化」、1960年以降の高度経済成長によって、家庭生活は一変その「育児法」(出産法)も「欧米化」したことは間違いない。そうした社会環境の変化が、自閉症発症の「遠因」になっているだろうことは想像に難くない、と私は思う。いずれにせよ、自閉症の原因が「特定」できない限り、「親の育て方が原因ではありません」と断定してよいか。そのことを念頭において、次章の解読を進めたい。(2013.11.14)