梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

 「自閉症・治癒への道 文明社会への動物行動学的アプローチ」(ニコ・ティンバーゲン、エリザベス・A・ティンバーゲン著 田口恒夫訳・新書館・1987年)

 「自閉症・治癒への道 文明社会への動物行動学的アプローチ」(ニコ・ティンバーゲン、エリザベス・A・ティンバーゲン著 田口恒夫訳・新書館・1987年)という本を読み始める。通販サイト・アマゾンの「商品説明」では以下のように述べられている。〈本書は「自閉症」の本としては、きわめて異色のものである。著者夫妻はある時たまたま自閉症児にふれ、強い衝撃を受けた。そしてティンバーゲン博士の透徹した行動分析の目と、夫人の情愛あふれる感性をとおして問題を見つめているうちに、従来の学説とはまったく異なるひとつの新しい仮説に到達し、治療方針についても洞察と見通しをもつに至った。本書は、動物行動学が開発してきた独特の生物学的思考のスタイルと科学的方法論を「物言わぬ動物」ならぬ「物言わぬ子ども」に適用することが、自閉症の理解のうえにいかに実りあるものであるかを、理論的に説明している。〉著者のニコ・ティンバーゲン博士、訳者の田口恒夫博士はいずれも故人、まして今から28年前の発行だとすれば、知る人は少ない。しかし、私は「従来の学説とはまったく異なるひとつの新しい仮説」に注目する。自閉症は、今や、注意欠陥多動性障害や学習障害と「一括り」にされて「発達障害」というカテゴリーに分類されており、ウィキペディア百科事典では「発達障害(はったつしょうがい、Developmental disorder)とは、先天的な様々な要因によって主に乳児期から幼児期にかけてその特性が現れ始める発達遅延であり、自閉症スペクトラム (ASD) や学習障害 (LD)、注意欠陥・多動性障害 (ADHD) などの総称」と説明されている。また政府広報オンラインでも以下のように述べられている。〈発達障害は、脳機能の発達が関係する生まれつきの障害です。発達障害がある人は、コミュニケーションや対人関係をつくるのが苦手です。また、その行動や態度は「自分勝手」とか「変わった人」「困った人」と誤解され、敬遠されることも少なくありません。それが、親のしつけや教育の問題ではなく、脳機能の障害によるものだと理解すれば、周囲の人の接し方も変わってくるのではないでしょうか〉要するに、自閉症は《先天的な》《生まれつきの》《脳機能の障害》である、というのが現在の「定説」になっているようだが、本当にそうか。前出のウィキペディア百科事典には、以下のような記述もある。〈発達障害は先天的もしくは、幼児期に疾患や外傷の後遺症により、発達に影響を及ぼしているものを指す。対して機能不全家族で育った児童が発達障害児と同様の行動パターンを見せる事がよくあるが、保護者から不良な養育を受けたことが理由の心理的な環境要因や教育が原因となったものは含めない〉。では、その両者をどのように「鑑別診断」するのだろうか。以下の記述を見て、私は吹き出してしまった。〈明確な判断は、神経科・精神科・心療内科(小児精神科などを含む)を標榜する医師の間でも困難とされ、各都道府県や政令指定都市が設置する、発達相談支援施設で、生育歴などがわかる客観的な資料や、認知機能試験(IQ検査、心理検査等を含む)などを行って、複数人の相談員や心理判定員などが見立てとなる判断材料を出す形で、医師の下での治療が必要か、SSTが必要かなどの材料を提供する、というケースが多い〉。ナーンダ、結局、ダーレモ、ナンニモ、わかっていないのではないか。ティンバーゲン博士夫妻が、「たまたま自閉症児にふれ、強い衝撃を受け」、研究に着手したのは1970年代である。以来、40年余りが経過したが、その間、博士の「新しいひとつの仮説」はどのように評価されてきたのだろうか。(私の独断と偏見によれば)その仮説は「親のしつけや教育に因がある」ものとして、専門家(もしくは親)から「敬遠」「無視」「黙殺」され続けてきたような気がする。事実、現在「神経科・精神科・心療内科(小児精神科などを含む)を標榜する医師」「各都道府県や政令指定都市が設置する発達相談支援施設に従事する複数人の相談員や心理判定員」の間で、ティンバーゲン夫妻、田口恒夫博士、この著書の存在を承知している人は、皆目見当たらなかった。
 そんなわけで、私は、しばらくの間、異色の書「自閉症治癒への道」の(再)解読に専念したいと思う。(2013.11.12)