梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・白いかげろう

 私が物心ついた昭和20年代半ばから30年代にかけて、白衣をまとい戦闘帽を被った男たちが、都心の街角、祭礼の境内、電車の通路など「人混み」の中に出没した。彼らは、たいてい二人一組となって、一人がアコーディオンを奏で、他の一人が軍歌を唄う。「さらばラバウルよ また来るまでは・・・」その光景を目にすると、人々の表情は一様にこわばり、眼を伏せる。まだ小学生だった私でさえ、白衣からむき出た義手・義足、装着した眼帯などを見ると、自分の傷口をえぐられるような痛みを感じたものである。父も、親類の伯父たちも戦地に赴き生還したが、その体験を語ることはなかった。彼らと同様に、生々しい傷跡が心の中に残っていたのだろう。白衣の男たちは、骨箱のような募金箱を持ち、雑踏の中を彷徨う。その箱にはくっきりと「祈平和」という文字が墨書されていたが、戦後70年の今、彼らの存在・面影は「白いかげろう」のように儚く消えてしまった。
(2015.4.7)