梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・81

■機能語(助詞)
《助詞機能の分化》
【要約】
 日本語の助詞が、文ないし談話できわめて重要な役割を果たすことはいうまでもない。“山は高い”というとき“山”や“高い”はそれぞれ外延と内包をもっているが、助詞“は”にはそれがない。助詞は、同じ文の中のほかの語を規定したり、文を構造づける働きをもつという点では“意味”をもっているといえる。これが“統合的意味”である。
 この統合的意味を子どもはどうやって習得していくのだろうか。
 さしあたって、つぎのように考えておいてよい。 
一般に、語の意味の習得には二つのルートが考えられる。
⑴ 直接的に、現前する対象・事象について育児者が命名することによって、あるいは、子ども自身がそれらの対象や事象に一定の音声パターンを結合することによって、その語の意味を形成する。
⑵ 事物の脈略と談話の構造との連関を子どもが把握することによって、語の意味を形成する。
 対象語、状態語、要求語、動作語の形成は⑴および⑵のルートを経て形成されると考えてよいが、助詞その他の機能語の形成は、もっぱら⑵のルートによらざるをえない。
 助詞およびその他の機能語の形成は、具体的な連合的対件をもたないので、高度の抽象過程に基礎づけられているといえる。にもかかわらず、日本児で助詞は1歳期に生じ、2歳までにかなり急速な発達をみる。その理由はつぎの五つに要約されるだろう。
⑴ 助詞は日本語の談話にとって不可欠である。日本語助詞は後置詞であり、統語的には欧米語の前置詞と類似した機能をもっているが、果たす役割の範囲と不可欠性は、助詞のほうがはるかに大きい。日本語では格の表示は助詞のおもな仕事である。
⑵ 子どもに対する談話に、助詞はひんぱんに用いられる。したがって、子どもは助詞の形式と使用法について経験する機会がきわめて多い。
⑶ 形式が非常に単純である。“てにをは”といわれるように、助詞の主要なものは1音節から成り、幼児にとっても調音が容易なもの(ワ、ガ、オ、ニ、エなど)である。
⑷ 用いられる文のなかでの位置が安定している。子どもが1語談話で用いてきた自立語(対象語、状態語、要求語、動作語など)の直後につけられる。
⑸ その種類はきわめて少ない。種類が少なく頻度が高いから、同じ助詞がさまざまの脈略で異なる自立語と結合される事例をひんぱんに子どもは経験することになる。
 助詞はその発生期に、きわめて隠微な形をとる。ある子どもの場合、1歳3カ月のある日、かすかな無声のささやきで、自立語のあとに、かなり規則的な助詞の原初形が認められた。次の週それはかなりはっきりした特定の助詞として発声された(村田,1962)。
 欧米児の機能語の発生期にもみられる。チャーチ(Church,1961)は、名詞のあとに、はじめきわめて不明瞭に、しかし規則的に添えられる歯擦音が生じ、まもなくそれはisであることがわかった、と述べている。
《初期の助詞》
 用いられる助詞の種類は、はじめはごく少数である。終助詞としての、ナ、ネ、ヤ、などが早く生じ、ついで、格助詞としての、ノ、ワ、ニなどが生じる。これらの助詞の一つ一つについて、結合する語(自立語)を調べてみると、その種類はきわめて限られている。言語発達のいちじるしい子ども(K児)の1歳10ヶ月~1歳11ヶ月においてさえ、格助詞のガとワとが共通に結合した自立語はなかった。
 初期における機能語の種類が限定され、これらの語の他語との結合の範囲がせまいという傾向は、英語児の前置詞の利用にもみられる。ある1歳児では、toはgo to schoolだけに用いられ、inはin the bedにだけ用いられた(Jespersen,1922)。
 このような段階では、機能語はまだ談話の構成分として談話内部で分節しているとはいえないだろう。日本児の場合、指示語にはじめて助詞が付加されて、コエ ワニ(これは何?)という形が生じ、英語児の場合、[don tli](gone to sleep)や[go tle](go to sleep)などの例(Chamberlain et al. 1904)があり、また、onが分節する前の段階として、[har baba nik](I want to ride on papa's neck)(1歳10ヶ月)、onがはじめて分節した段階で、[di a mai nik](hang this on my neck)(1歳11ヶ月)が報告されている(Leopold,1939)。


【感想】
 機能語とは、日本語では「助詞・助動詞・接続詞」のことであり、英語では「人称代名詞(主格、目的格及び所有格)・助動詞・前置詞・冠詞・接続詞・関係代名詞」のことをいう。日本語は膠着語、英語は屈折語に分類されるので、同じ「機能語」であっても同一視することはできないと、私は思う。
 日本の子どもは、1歳時から「助詞」を使い始める。はじめは、ナ、ネ、ヤなどの終助詞、つぎに、ノ、ワ、ニなどの格助詞を習得する、ということがわかった。
 著者も述べているように、助詞は談話の中で重要な役割を果たす。その使い方次第では意味が全く違ってしまうからだ。子どもがどのようにして助詞を習得するか、ということは、私にとってきわめて興味深い問題である。 
 まず終助詞から使い始めるとはどういうことだろうか。終助詞には、「か」「かい」「かしら」「な(禁止)」「ぞ」「ぜ」「とも」「って」「の」「わ」「や」「よ」があり、疑問・詠嘆・感動・禁止などの意を表すが、1歳児が使い始める「ナ、ネ、ヤ」にはどのような意味があるのだろうか。具体例が示されていないのではっきりしないが、おそらく「詠嘆」「感動」の気持ちの表現として使われるのではないだろうか。以前の「叫喚発声」(泣き声)が母胎となって要求語や終助詞が生まれる。一方、「非叫喚」(喃語・ジャーゴン)からは、状態語、動作語、格助詞が生じる。両者の違いは、その語に「感情」がどの程度含まれているかによって生まれるのではないか。終助詞が感情的なのに比べて、格助詞は論理的である。「ボクの」の「の」は、「ボクが所有する」という意味であり、そのような認識が生まれる方が先である。「ボクも」の「も」は、「ボクも同じ」という意味であり、事象の「異同弁別」能力を前提とする。
 著者は「事物の脈略と談話の構造との連関を子どもが把握することによって、語の意味を形成する」と述べ、子ども自身の把握(能力)を重要視しているが、そのためには育児者の側からのモデル呈示が不可欠であり、子どもは育児者との「ひんぱんなやりとり」の中で《試行錯誤》(誤用)を繰り返し、徐々に正しい使い方を身につけていくのではないか。(2018.9.18)