梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・《障子の中》

 昭和27年の大晦日、祖母は当時大流行したインフルエンザで病死した。焼き場は「三が日」が終わるまで休業、父と私は祖母の棺と、間借りの八畳一間で「空しい正月」を過ごさなければならなかった。「棺を見守りなさい。生き返るかもしれないから」などと言う父の言葉を信じて・・・。線香の煙と、供物の林檎の匂いが入り交じって、異様な空気が漂う中、私の心中には「障子の中に障子ありて障子なし」」という言葉が浮かんでくる。通夜の導師が、唱えた読経の文句が、妙に耳から離れない。今にして思えば、それは「生死のなかに仏あれば生死なし」(正法眼蔵生死の巻)という文言に違いない。爾来60余年、その有難い経文の意味を解せぬまま、現在に至っている。冥界にいる父母、祖母たちの嘆息が聞こえるようで、顔を上げることができない。(2015.4.3)