梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

新釈・男と女の物語・《「泥だらけの純情」》

第三話


 出会ってから、わずか七回の「逢瀬」で、見事な「情死」を果たした男女がいる。
日活映画「泥だらけの純情」(原作・藤原審爾 脚本・馬場当 監督・中平康 昭和38年)に登場した、次郎(浜田光夫)と真美(吉永小百合)である。


 物語の梗概は以下のとおりである。
◆組長・塚田に頼まれてヤクを森原組の事務所に届けていたチンピラヤクザの次郎は、不良学生にからまれている外交官の令嬢・樺島真美を助ける。しかし、その乱闘の最中、相手があやまって自分の持っていたナイフで死んでしまったことにより、殺人の疑いをかけられる羽目に陥ってしまう。現場に落ちていたヤクからガサ入れを食らうことを恐れた兄貴分の花井は、彼に自首をすすめる。新聞を見て驚いた真美は、刑事にことの真相を話し、次郎は釈放される。そのことをきっかけに、二人はデートを重ねる仲となっていくが、その資金を捻出するために次郎は、悪事を繰り返していく。逮捕されても簡単な尋問だけで釈放される次郎に、疑いを抱く塚田。実は警察は例のヤクに目をつけ、大規模なガサ入れを狙い、彼を泳がせていたのだ。塚田から自首をすすめられる次郎。一方真美は父の仕事で外国へ行くことに。追い詰められた二人は、自分たちだけの世界を求め、雪山へと逃れるのだった。◆(ビデオ「にっかつ名画館・泥だらけの純情」解説パンフレットから引用)


 次郎と真美の「逢瀬」はわずか七回、しかも「デートの楽しさ」を味わえたのは、そのうちのたった一回ではなかったか。 
 殺人の容疑が晴れたあと、真美の母から次郎に現金の「謝礼」が届く。しかし、次郎の気は済まない。真美を助けたのは、「銭のためではない」からである。次郎は、真美の「澄んだ瞳」が不良学生に汚されないために、助けたのだ。だから、もし謝礼の気持ちがあるのなら、直接、真美が次郎に会って「ありがとう」とお礼を言えば、それで気が済むのである。親分、兄貴から無理矢理「謝礼」を受け取らされた次郎の気持ちはおさまらず、真美の学校や自宅にまで、弟分と押しかけた。しかし、玄関のベルを押す勇気はなかった。
【逢瀬・一】
 ところがである。翌日、突然、真美が次郎の安アパートを訪れた。次郎は、仰天して真美を出迎える。
 「友だちに言われてきたのか?」
「自分でよく考えてきました」
「こんなところは、お嬢さんの来るところじゃないんだ。送っていくから帰れよ」
「はい」
 玄関口で立ち話をしている二人に、アパートの住人たちは、興味津々で声をかけた。
「ジロちゃん、かわいい子だねえ。あんたのスケかい?」
「うるせえ!」
 「照れることないじゃないか」  
と、冷やかされながら、二人は駅に向かった。
次郎は、思ったに違いない。
(お嬢さん、わかった。もういい。オレは、昨日、お嬢さんの学校や自宅まで「引っかけるつもりで」会いに行ったけど、何もできなかった。しかも弟分まで連れて・・・。それに比べて、お嬢さんは、自分でよく考え、一人で来てくれた。もういい。お嬢さんの気持ちはよくわかった。ありがとう)
 次郎は、真美の切符を買い、渋谷駅の構内で「別れの言葉」を言った。
 「いいかい。今度あんな目にあったら、大声をあげなよ。黙っていてはどうにもならないんだ、じゃあ!」
 それで終われば、よかったのかもしれない。しかし、次郎の気持ちに「変化」が生じた。(まだ、時間がある。せっかく会いに来てくれたお嬢さんを楽しませたい。いや、できれば、自分が楽しみたい。もしかしたら「引っかかる」かもしれない・・・)
 次郎は、戻りかけた道を引き返し、真美の乗った電車を探す。
 「お嬢さん!」と呼んでみると、真美が電車のドアから顔を出した。次郎は、間一髪でその電車に、飛び乗ることができた。
 二人は、ボクシングを観戦し、帰途につく。途中で、話し合いながら、自分たちの生活が「全く違う」ことに惹かれ合う。ジュースを飲みながら「動物の生態」という教養番組を視聴、バイブルを読んで就寝するという真美。ウイスキーをラッパ飲みしてスポーツ雑誌を読みふけるという次郎・・・。しかし、次郎は、(これで本当に終わりにしよう)と思っていた。ホームの売店でピーナッツを買い、真美にプレゼントする。
 「半分ずつしようか」といい、真美の手袋にピーナッツを注ぎこんだ。ベルが鳴り、電車のドアが閉まりかけたそのとき、真美が「殺し文句」を吐いたのだ。
 「さっきのママへの電話(注・母に門限を延ばしてもらった電話)、『いちばん好きなお友だちと遊んでいます』って!」
 この一言で、次郎は、真美を「忘れること」ができなくなってしまったのだと思う。
(もしかしたら、お嬢さんはオレを必要としているのかもしれない!)
 思えば、この時の「逢瀬」こそが、「未来を展望し」、「自分たちだけの世界」を共有できた、至福の「ひととき」ではなっかたか。
次郎は、居酒屋に飛び込むと、客が楽しんでいたテレビの娯楽番組のチャンネルを、「動物の生態」に切り替える。「何するんだ!」という客の抗議を「ひとにらみ」ではね除け、平然とジュースを飲みながら皇帝ペンギンの映像を見つめる。アパートのベットに入り、「聖書」を拾い読みしながら眠りにつく。
 真美は、真美で、オールドパーをラッパ飲みしながら、ボクシング雑誌に目を通し、挙げ句の果てには、姿見の前でシャドーボクシングまで始める始末であった。 
【逢瀬・二、三】
 以後、真美の誘いで「現代音楽祭」のコンサート、上野公園と二回デートを重ねるが、真美の表情は曇りがちである。
 真美は思っていた。 
(次郎さんは、チンピラヤクザになって「柄が悪い」ふりをしているけれど、本当は「悪い人」ではない。心の優しい、温かい人なんだ。それは、私自身が一番よく知っている。私と会うたびに、次郎さんはケガをする。初めての時、あの不良学生から私を助けようとして、おなかを刺された。その次の時も、電車のドアに指を挟まれた。この前も、コンサートの帰り、私に嫌がらせをした不良を二人殴り倒してくれたけど、指の爪をはがしてしまった。本当は、そんなに強くない。でも、そんな次郎さんを私は忘れられない。いつも一緒にいたい。どうすればいいのだろう?)
 上野公園でのデートは、真美の都合で、すぐに帰らなければならなかった。でも、真美は言った。
「来週の土曜日は、(略)ママをだまして出て参ります。一日中どこへでも行けますわ」
「本当かい?」
「ママに嘘ばっかりついてるの」
「どうしてよ?」
「あなたに嘘つきたくないから・・・」
次郎は、確信した。(お嬢さんは、本気だ! オレはこれからどうすればいいのだろう?)
そして、本当の疑問をぶつけてみた。
「でもよ。あんた、オレと歩いていて恥ずかしくないかい?」
「恥ずかしいって?」
 次郎の兄貴分は、恋人から海水浴に誘われたけど、「約束をほっぽっちゃった」という。背中一面に、雷様の刺青をしているからだ。 
「海水浴だろ? 引け目感じちゃうよな」
「あなたも、してます? 刺青?」
「オレは、チンピラだからしてねえけどよ」
 真美は、必死で次郎に訴えた。(今だ! 次郎さんに、本当の気持ちを言おう!)
「やめられません、ヤクザ! ヤクザっていけないと思うんです! 野蛮だし、法律にだって背いているし! でも、私、次郎さんは、まじめで正しい人だと思っています。どんなこと、なさっていようと・・・」
 次郎は、返す言葉がない。「その通り」だからだ。
「土曜日な! 横浜駅で待ってるよ。十二時!」
 それだけ言うと、逃げるようにその場を立ち去った。(わかっているよ、そんなこと!好きでヤクザやってるわけじゃない。オレの親父は「バタ屋」だ。オレのお袋は「淫売あがり」だぞ! そんなオレが一人前に生きて行くには、どうすればいいんだ。ヤクザにでもなるほかに道はないではないか! お嬢さん、わかってくれ。今のオレには、こんな自分をどうすることもできないんだ。今度の土曜日、お嬢さんは本当に来てくれるだろうか?)           
 しかし、土曜日、「約束を守った」のは、真美の方だった。次郎は「ポン引き」の疑いで警察に挙げられていたからである。 
 上野駅で、真美は半日待った。しかし、次郎は来ない。 
真美は、待って、待って、待ち続けた。次郎のことが、いっときも忘れられなかった。何度もアパートに手紙を送ったが、返事は来ない。家族で赤倉にスキーに行っても、思うのは次郎からの返事のことばかり、もし返事が来なければ「死んでしまうかもしれません」とまで、手紙に綴ったが・・・。決心してヤクザの事務所にも行った。親分・兄貴分にも会い、次郎が警察に拘束されていることを知った。それでも、真美はあきらめなかった。次郎のアパートに行って待ち続ける。
 どれくらいの日にちが経っただろうか。やがて、次郎は保釈された。組の事務所で挨拶をすませると、親分は「スケ(真美)と別れろ」という。兄貴分は、真美が事務所に訪ねてきたことを告げ、届いた手紙を焼きながら、「たくあんとセロリを食べている人間は、(住んでる世界)が違う」と次郎を諭した。しかし、次郎は迷っていた。(兄貴は、手紙を焼いてしまったけど、なんと書いてあったのだろうか? お嬢さんがオレのカミさんになるはずがない、でも、もしかしたら、オレを必要としてくれるかもしれないではないか)
【逢瀬・四】
 憔悴してアパートに戻ると、真っ暗な部屋の中で、真美が待っていた。
驚愕する次郎。「お嬢さん!」と叫んで絶句した。真美は「お会いしたくて、飛んできました。毎日、毎日、このお部屋でお待ちしていたんです」と言う。
 次郎がスーツのポケットに手を入れると、あのときのピーナッツが出てきた。それを二人で食べながら、真美が言った。
 「次郎さん、あたし、もういやなんです。あなたが警察なんかに入れられてしまうの」 次郎も、答えた。
「やばいことは、もうやめたよ」
真美は、母の知人に頼んで、次郎の「仕事」を探すと言う。次郎は「乗り気」ではなかったが、(もしかしたら、堅い仕事につけるかもしれない)と淡い希望がわいてきた。
「かなわないよ、お嬢さんには」と言って、応じる羽目になってしまった。
【逢瀬・五、六】
次の日曜日、次郎は正装して、真美の自宅を訪れた。弟の「天文台開き」のパーティーに招待されたのである。真美は、その場で、次郎を母の知人に紹介し、次郎の「仕事」を見つけてもらおうと考えた。とりあえず、母に次郎を引き合わせたが、母は「どなたなの?」と訝しがる。真美が、「ほら、この前お願いした、あの新宿の時の・・・」と言いかけたとき、母の表情が変わった。真美を、物陰に呼んで叱責する。
 「なんてことなさるの! あんな人、私が板東様に御紹介できると思っているの?私たちのおつきあいできる方じゃありません。家へくるのなんか遠慮していただかなくっちゃ!」
 その様子を窺っていた次郎は、全てを察知し、上着を翻して、乱暴に立ち去る。「次郎さん!」と呼び止めようとする真美は、振り返りざま母をののしった。
 「ママ! ママは真美の敵よ!」
 真美は、心の底からそう思ったに違いない。あっけにとられているパーティーの参加者をしりめに、真美は次郎の後を追う。 
 どこをどう探したか、真美が次郎を見つけた時は、もう夜になっていた。盛り場のダンスホールで女と酔いしれる次郎、真美は弟分に取り次ぎ頼む。しかし、次郎は、もう、真美とかかわるつもりはない。真美を、にらみつけて、冷たく言った。
 「何しに来たんだ!」
「おわびに参りました」
「帰れよ!」
「今度こそきっと、いいお仕事探してきますから・・・」
「よしてくれ! あんたは、これ以上オレに恥じかかせる気かい!」
「次郎さん・・・」
「ほっといてくれってんだよう!」
 その場を立ち去ろうとする次郎の腕をつかんで、真美は叫んだ。
「好きなんです! あなたが好きなんです!」
次郎は、真美の必死な告白を、確かに耳にして、混乱し、逡巡した。
「好きだって? このオレを? そんなこと言わないでくれ! 好きだなんて、そんな・・・」
(どうしていいかわからない! しかし、そんなことはあり得ない。あっては、いけないことなんだ!)
「お嬢さんは、オレを知らないんだよ、オレは、町のダニだい! チンピラヤクザのご正体知らないから・・・。な、けえんな!」
 しかし、真美は次郎の目を見つめたまま、動かない。
次郎は仕方なく、その場に居合わせた女を「凌辱」して見せた。泣きながら逃げ出した真美の背中にに向かって、「オレの親父は『バタ屋』だぞ! お袋は『淫売上がり』だぞ!二度と来やがるな!」と叫び、次郎もまた泣き崩れた。
 (すべては終わった。これでいいんだ)そう言い聞かせ、自分を納得させた次郎のところに、親分から呼び出しがかかった。兄貴分が言う。
 「・・・・。サツじゃあ、二、三日中に徹底的な『ガサ入れやる』ってはりきっているそうだ。これからのヤクザには計算だっているぞ。おめえもここいらへんががソロバンのはじきごろよ。・・・・。どうだ、二、三年、行ってこねえか」   突然の話に困惑する次郎、兄貴分はたたみかける。
 「『ガサ入れ』の出鼻をくじいて、おめえが自首するんだ。組もしのげるし、サツのメンツだって、たたあな・・・。横浜のスケのことだけど、はい切れます、切れましただけじゃ、他人はうなずいてるようなつらしてても、腹の底では感心してやいねえんだぞ・・」
(そうか。真美と切れた証拠を見せろ、というのか!)次郎は、決意した。
 「わかったよ兄貴、行くよ、オレ」
 その他に、何ができるというのか。
【逢瀬・七】
 兄貴分に付き添われて自首する日が来た。次郎は、自分のアパートで身だしなみを整え、弟分に言う。 「兄貴に言ってきな。いつでも出かけられます。お待ちしてますってな」
 ところが、である。弟分と入れ代わりに、やってきたのは真美であった。  
真美は、大きな旅行鞄を持っている。
「何しに来たんだ」と訝る次郎に、真美は答える。
「お別れを言いに参りました」
今晩の飛行機で、父のいるアルジェリアに「旅立つ」と言う。一瞬、愕然とする次郎。しかし、思い直して語りかけた。
 「事情があって、オレ、ムショに行くことになっちまったんだ。・・・お嬢さんとオレは、ここではっきり別の世界の人間になりに行くってわけだ。会えやしねえ、絶対にもう!」
「次郎さん!」
「いいんだよ、その方がいいんだよ」
でも、真美は応じなかった。次郎に、すがりつき、懇願する。
「いやです、あたし、いやです! あたし行きたくないんです! 行きません! 次郎さんも、行かないで!・・・本当は、最初からあたし、もう家へなんか・・・。その覚悟できました!」
 「お嬢さん!」
 次郎がそう叫んだ時、窓のしたでブレーキの音がした。兄貴分と弟分が、迎えに来たのだ。二人は、反射的に、その場から脱走する。次郎の部屋には、真美の旅行鞄が一つ残されているだけだった。
 二人は、「身一つ」で必死に逃げた。駅前からバスに飛び乗り、地下鉄へ、そこにはすでにヤクザの追っ手が手配されていた。やむなく、次郎は馴染みの女のアパートに逃げ込む。真美の母から捜索願を受けた警察やマスコミも動き始め、二人は完全に孤立した。しかし、神様が味方したのだろう。捜査網をどうにかくぐり抜け、大森の安アパートに落ち着くことができた。三十六時間が経過しても二人は見つからない。次郎と真美は、やっと「二人だけの世界」に浸ることができた。何もない六畳の一間で、タンメンをすする。  「こんなにおいしい物、生まれて初めて食べました」という真美。それでも、次郎は真美に帰宅を勧める。真美は応じなかった。ブロバリンの入った薬瓶を手にして「あたしの気持ちは決まっています。あたし、死にます。一人で死ぬんだって、ちっともさびしいことなんか・・」
 次郎は「ばか!」と叫んで真美を平手打ち、真美はうれしそうに答えた。
「死にません! 死にません。次郎さんと一緒にいられる限り・・・」
そのとき、ドアをノックする音。おびえる二人。おそるおそる次郎がドアを開けると、それは新聞の勧誘員だった。二人の会話は、そのままで終わったが、次郎の気持ちは決まった。ようやく、決心がついた。(もうオレは、お嬢さんを守るしかない!)
勧誘員が置いていった「村田英雄ショー」のパンフレットで「折り鶴」を作る。それは、二人が初めて取り組んだ「仕事」に他ならない。次郎が切々と唄う「王将」に、真美は思わず涙する。それは、次郎の心に初めて触れることができた、「喜び」の涙だったに違いない。
 アパートの「生活」は、「一瞬」のうちに過ぎた。これから、本当の「生活」に向かって、二人は出発するのである。真美の思い出深い赤倉のスキー場で、「雪だるま」を作るために・・・。
(お嬢さんには、かなわないなあ!)、しかし次郎の心は「充実」していた。
 かくて、二人は、わずか七回の「逢瀬」で、見事な「情死」を遂げたのである。
雪深い雑木林の中で、二人の亡骸を見聞する警官がつぶやいた。
「こんな仲のよい心中は、初めてだな」


 この「情死」をどのように評価するか。映画では、真美の同級生がマスコミのインタビューに答えて言う。
 「わたくし、樺島さんとあの方の、ああした愛情のあり方に疑問を持っております。恋愛というものは、誰にも祝福されるような形でなければいけないんじゃあないでしょうか?」
 はたして、「誰にも祝福されるような形」の恋愛とはどのようなものだろうか。当事者が、「お互いに相手を必要と感じるならば」、それが「愛情のあり方」に他ならない。次郎と真美は「住んでる世界」の違いを超えて、「二人だけの世界」を創り出すことができた。それが「たった七回の逢瀬」であったにしても、二人にとっては、文字通り「命をかけた」闘いであり、至福の時間ではなかったか。「誰にも祝福されるような形」とは、次郎にとってはヤクザの幹部、真美にとっては上流社会の令夫人に納まることだろうが、二人はその道を選ばなかった。その代償として「死」という現実が待っていたとはいえ、「どうせ人間は一回死ぬのだ」と割り切ってしまえば、いいことなのである。周囲から祝福されても、必要としない相手と無為な時間をだらだらと費やしている男女は、枚挙にいとまがないではないか。
 したがって、この「情死」は、最高のできばえとして評価されてよい、と私は思う。
では、その最高傑作は何によって生み出されたのだろうか。
「七回の逢瀬」を辿ればわかるように、それは、ひとえに真美(女)の「決断力」「行動力」の賜であった。「純情可憐」な容貌の内に秘められた、その覇気は、しばしば「殺し文句」となってほとばしり出る。
①「さっきのママへの電話、『一番好きなお友だちと遊んでいます』って!」
②「ママに嘘ばっかりついているの」「あなたに嘘つきたくないから」
③「やめられません?ヤクザ! いけないと思うんです、ヤクザ! 野蛮だし・・・」                     
④「好きなんです! あなたが好きなんです!」
⑤「いやです、あたし、いやです。あたし、行きたくないんです。行きません! 次郎  さんも行かないで!・・・本当は、最初からあたし、もう家へなんか・・・。その覚悟できました」
⑥「あたしの気持ちは決まっています。あたし、死にます。一人で死ぬんだって、ちっともさびしいことなんか・・・」
⑦「死にません、死にません。次郎さんと生きていられる限り・・・」
 このような言葉を「逢瀬」ごとに、浴びせられたら、次郎でなくても、たいていの男なら「まいってしまう」に違いない。
 次郎と真美の関係は、終始、真美の主導のもとに展開し、終結したことは明らかである。それは、「男中心」と思われている人間社会の中で、実は、「弱者」として存在しているかに見える「女」が実権を握っていることの証左に他ならない。 
(2006.5.1)