梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

映画「出来ごころ」(監督・小津安二郎・1933年)

 ユーチューブで映画「出来ごころ」(監督・小津安二郎・1933年)を観た。昭和初期、人情喜劇の傑作である。主なる登場人物は男4人、女2人。男は、東京のビール工場で働く日雇い労働者・喜八(坂本武)、その息子・冨夫(突貫小僧)、喜八の同僚・次郎(大日向伝)、近所の床屋(谷麗光)、女は、千住の製糸工場をクビになり、途方に暮れている小娘の春江(伏見信子)、春江を雇い面倒をみる一善飯屋のおたか(飯田蝶子)である。
 今日も仕事を終え、喜八親子、次郎たちは小屋がけの浪曲を楽しんでいる。演目は「紺屋高尾」、演者は浪花亭松若。桟敷に蟇口が落ちている。客の一人がそっと取り上げて見ると中身は空っぽ、バカバカしいと放り投げる。他の客もその蟇口を取っては放り投げる。それが喜八の前に飛んで来た。喜八も同様に放り投げようとしたが、「待てよ、俺の蟇口よりこっちの方が豪勢だ」と思ったか、その蟇口は懐に、代わりに自分の蟇口を空にして放り投げた。その蟇口をまた手にする他の客・・・、そのうちに、一人の客が立ち上がる。蚤が飛び込んで来たか、浴衣の裾をはたいて大騒ぎ、蚤は次から次へと客の懐に飛び込んでいく。客席は全員が立ち上がり、浪曲どころではなくなったが、最後は口演中の浪花亭松若のもとに飛び込んだという次第。蟇口と蚤の連鎖が織りなす客席風景は、抱腹絶倒の名場面であった。それでも舞台は万雷の拍手で終演となり、喜八たちが小屋を出ると、行李を手にした春江がポツンと立っている。喜八は、ことのほか気になり、冨夫を負ぶいながら春江に近づこうとする、そのたびに冨夫が喜八の頭をポンと叩く姿が、可笑しい。次郎は春江には全く関心が無く、おたかの店に喜八を誘う。ほどほどに酒を飲み、帰ろうとすると、路地にまた春江が立っている。「このへんに泊まるところはないでしょうか」「お前さん、宿無しかい」。春江には家族もないとのこと、喜八はおたかに一晩の宿を頼み込んだ。おたかは、面倒なことに巻き込まれないかと危惧したが、不承不承に承知した。
 翌朝、7時30分を過ぎたのに、喜八はまだ寝ている。冨夫が「ちゃん、工場に遅れるよ」と起こしたが、いっこうに起き出さない。業を煮やした冨夫は台所のスリコギ棒を持ってきて、思い切り喜八の脛に振り下ろした。思わず跳び上がる喜八、その姿に私の笑いは止まらなかった。同様の手口で冨夫は隣家の次郎も起こしに行く。家に戻ると、冨夫はかいがいしく喜八の着替えを手伝う。工場で使う軍手を手渡しながら「チャン、手袋の指は、なぜ五本なのか知ってるかい」「なぜだ」「四本だったら手袋の指が一本余っちゃうじゃないか」「なるほど、よくできてやがらあ」。喜八たちは井戸端のバケツで顔を洗い、口をすすぎ、一同の朝飯はおたかの家で・・・。そこに春江の姿が現れた。にこやかに「昨晩はいろいろと有難うございました」。おたかも「いろいろと話を聞いてみたが、当分の間、ウチで働いて貰うことにしたよ」と頬笑んだ。
 かくて、春江の身の振り方は一件落着となったが、喜八の方がおさまらない。いい年をして、寝ても覚めても春江のことが忘れられない。仕事はさぼる、酒は飲む。しかし、春江はどうやら次郎の方に惹かれているらしい。おたかが寿司折りと酒瓶を持って、喜八の部屋を訪れた。「春江と次郎さんの間をとりもってくれないか。お前さんなら、何とかできそうだ」。喜八も、一度は落胆したが、よく考えれば「なるほど、それもそうだ。オレは年を取り過ぎた、一肌脱いでやろう」と納得、次郎に話をつけようとする。だが次郎は断固拒否、やるせない「恋の痛手」を抱えて、喜八の酒量は増える一方、冨夫は級友からも「お前の親父はバカだってよ、字も読めないのに、工場も休んで飲み歩いている」と罵倒される始末、冨夫は泣いて家に戻るが、誰もいない。縁側にあった盆栽の銀杏をちぎっては食い、ちぎっては食ううちに寝入ってしまった。夜遅く帰ってきた喜八、丸裸になった盆栽を見て「誰がやったんだ」「俺がやったんだよ、正直に言ったんだ、ジョージ・ワシントンだって・・・」「俺の知らない話で誤魔化すな」「チャンのバカ!新聞も読めないくせに」「新聞はまとめて屑屋に売るもんだ」「工場にも行かずに毎日酒ばかり飲んで」と言うなり、冨夫は辺りの新聞紙を喜八に投げつける。そこから父子の壮絶なバトルが始まった。冨夫を十数回、平手打ちする喜八、殴られるたびに喜八をにらみ返す冨夫、躊躇した喜八に今度は冨夫が泣きながら数十回の平手打ち、とどのつまり喜八は殴られっぱなし、全く無抵抗のままこのバトルは終わった。冨夫の言い分の方がはるかに筋が通っていたからである。セリフは喜劇、所作は悲劇というトラジ・コミックの名場面であった。
 喜八は心底から冨夫に「すまねえ、親らしいことは一つもやってやれねえで」と思ったに違いない。次の日の朝、50銭という大金を冨夫に与えた。「これで好きなものでも買え」。久しぶりに工場に出勤した喜八に緊急の連絡が入った。「お前の子どもが病気になった、すぐに帰れ」、「俺のガキが病気になるはずはない」と訝ったが、帰ってみると、たしかに寝かされて唸っている。「どうしたんだ」と訊ねると「50銭で駄菓子を全部食べた」とのこと、冨夫は急性腸カタルであえなく入院の身となった。しかし、「宵越しの銭は持たない」喜八には、家財道具を売り払っても、入院費が払えない。見かねた春江が「私が何とかします」。今度は次郎が黙っていなかった。「オレが何とかする!お前が大金を稼ぐとすれば、その方法は知れている。若い身空で自分をダメにしてはいけない」、そのとき、初めて次郎に恋心が生まれたか、次郎は床屋から借金、自分は北海道へ出稼ぎに行く覚悟を決めた。「と、いった人々の温かい人情で」冨夫の病状は快復、退院の運びとなった。夜、喜八と冨夫が減らず口を叩きながらくつろいでいると、床屋が飛び込んで来た。「次郎公のやつ、北海道に行くんだってよ」「どうして?」「オレが金を用立てたからだよ」、そうか、次郎の奴、俺たちのために北海道行きを決めたのか、あわてて次郎の部屋に行くと、きれいに片付いて、もぬけの殻。外を探すと、路地で語り合う次郎と春江の姿があった。「一生の別れってんでもなし、そうめそめそ泣くなよ」「せっかく分かって頂いたのにすぐにお別れなんて・・・、私には一生、幸せなんてこない気がするの」「心細いことをいうない。ちょっとの間の辛抱だ。必ずお前の所に帰ってくる」と次郎が出発しようとすると、喜八が「待て」と止めに入る。「北海道はオレが行く」「富坊をどうするんだ」「子どもなんて、親が無くても育つもんだ、お前を頼りにしている人がいるじゃないか」、二人の押し問答が続いたが、最後は喜八の鉄拳一発、次郎はその場に昏倒した。かくて、喜八は準備を整え、おたかの店に行く。そこには冨夫、床屋も居た。「オレが行くことにした。ガキはよろしく頼むぜ」と言えば、床屋は「オレにとっては大切な金だが、人の子一人助けたと思えば、諦めもつく。お前の気持ちだけうれしいんだ」。おたかも「借金ぐらい、どこだって返せるじゃないか」と、思いとどまらせようとするのだが「長生きはしてえもんだよ。オレはこんないい気持ちのこと、生まれて初めてだ」。冨夫が「チャン、今度いつ帰ってくるんだい」と問うのに「馬鹿野郎!くだらねえことを聞いて手間取らせるない」「オレは酔狂で行くんだ。放っといてくれ」という言葉を残して行ってしまった。喜八の心中には、(おたかから頼まれた)次郎と春江の「取り持ち」を、今、実現できるのだ、という固い思いがあったからに違いない。
 大詰めは、北海道に向かう船の中、集められた人夫連中で酒盛りが始まっている。喜八は息子の自慢話を披露する。「お前たち、手袋の指はなぜ五本あるか知ってるかい」。人夫の一人(笠智衆)が首をかしげると、すかさず寝台にいた他の人夫が応じた。「四本だったら手袋に指が一本あまっちゃうからだよ」。そのとたんに、喜八は冨夫のことを思い出す。船はまだ出たばかり、懐にしまった冨夫の習字を取り出して「千代吉 福太郎」という墨書を見るにつけ、「いけねえ、いけねえ」と気が変わった。「おい、この船、停まらねえか」一同は大笑い、しかし喜八は大まじめ、対岸を指さして「あそこは、東京と陸続きか」「あたりめえよ」「そんなら、オレは一足お先に帰らせてもらうよ」と言うなり、一同が止めるのも聞かずに、ザンブと海に飛び込んだ。海中にポツンと喜八が一人、プカプカ漂いながら、先日、冨夫に教えられた問答を呟く。「海の水はなぜしょっ辛い」「鮭がいるからさ」。思わず笑いがこぼれ、悠々と抜き手で岸に泳ぎ着くと同時に、この映画は「終」となった。 
 サイレント映画だが、人々の話し声、周囲の物音がハッキリと聞こえてくるような名作であった。見どころは満載、坂本武と突貫小僧の絶妙の絡みをベースに、大日向伝の「いい男振り」、飯田蝶子、谷麗光の「温もり」(人情)、伏見信子の「可憐」な風情、背景には浪曲「紺屋高尾」(篠田實)の色模様も添えられて、寸分の隙も無い作品に仕上がっていたと思う。(タイトルの)「出来ごころ」とは「計画的でなく、その場で急に起こった(よくない)考え」のことだが、人は皆、その場の感情に左右されて生きて行く。登場人物の誰が、どんなところで、どんな感情に左右され、どのように振る舞ったかを見極める、「人生読本」としても有効な教材ではないだろうか、と私は思った。
(2017.5.22)