梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

映画「芸者ワルツ」(監督・渡辺邦男・1952年)

 DVD(新東宝【歌謡シリーズ】傑作選)で映画「芸者ワルツ」(監督・渡辺邦男・1952年)を観た。その内容は「元伯爵の令嬢から一転、花柳界へ身を沈めた薄倖の女性。芸者ゆえに身にしみる恋の辛さに隠れて泣いた舞扇」と要約されているが、大詰めはハッピー・エンドで締めくくられる。元伯爵・朝吹誠通(高田稔)の令嬢・千恵子(相馬千恵子)が、花柳界へ身を沈め、芸者として出会った新興実業家・六郷信太郎(龍崎一郎)と結ばれるまでのメロドラマである。二人の周囲には、信太郎の父・恭造(柳家金語楼)、恭造の妻・とし(花岡菊子)、信太郎の友人・楠田(田崎潤)、千恵子の妹・美津子(久保菜穂子)、朋輩・栄龍(宮川玲子)、照代(旭輝子)、つばめ(野上千鶴子)、花丸(藤京子)、はん子(神楽坂はん子)、置屋の女将・吉田富枝(清川玉枝)といった面々が登場し、色を添えている。筋書きは単純。元華族の朝吹家は没落、誠通は病身で働けない。長女の千恵子は父妹に隠れて芸者稼業、一家を支えている。折しも、箱根で慰安の仕事が入り、向かった先はホテル・清嵐荘、そこは朝吹家のかつての別荘、今は六郷信太郎の手に渡っていた。そこで父・恭造の「社長就任披露」が催される。恭造は小学校卒で仕事のことは何もわからない。20年前は朝吹家の車引きであった。この別荘にも再三訪れ、千恵子の子守までしたことがあった。信太郎は謹厳実直で親孝行、そんな父を「社長にするなんて」と仕事仲間・楠田から呆れられるが、「お前とオレは全く考え方が違うんだ」と取り合わなかった。この恭造を騙して一儲けしようと企む山崎一味(芸名不詳の男優二人)、箱根から帰ると恭造を呼び出して、行きつけの待合へ。書類を前にして、署名するように強要する。その場面を目撃した千恵子が信太郎に連絡、事なきを得たが、その後、信太郎と千恵子の「恋愛」が芽生える。信太郎の思いを察した恭造は、千恵子の自宅を探し当て、誠通と再会する。「どうか息子の嫁に千恵子お嬢さんをください」と頼んだが、誠通は激高、「没落しているからといって、馬鹿にするな!」と追い返した。かくて、千恵子の芸者稼業が誠通に知れ渡り、父娘の愁嘆場。しかし恭造がそれとなく置いていった、(恩返しの)別荘の権利書を見て驚愕、誠通は「今日ほど、人の情けを感じたことはない」と、華族のプライドを捨て、陳謝するといった次第。後はお決まりの展開で、大団円を迎える。 筋書きは単純だが、見どころは満載。まず第一に、信太郎の父・恭造を演じた柳家金語楼の風情である。元は車引き、伯爵家の使用人として、どこまでも腰が低く、愛想をふりまく。楠田からは「オジサン」と呼ばれ、「三等重役」は有名だが「さだめし三等社長というこころだ」とこけにされてもおこらない。極め付きは、行きつけの待合で山崎一味が署名を強要、ペンを持たされながら、「字が書けない」「ワッハッハー」と笑い飛ばす場面、相手を見下すわけではなく、からかうわけでもなく、まさに「煙に巻く」笑いとでもいおうか、観ている私も涙が出るほど可笑しかった(共感できた)のである。
 第二は、芸者仲間が寄り合う景色である。2万円貯めて金貸しをめざす、つばめ役の野上千鶴子、医師を目指しているが学費が払えない照代役の旭輝子、男に貢ぎ過ぎいつも文無しの栄龍役の宮川玲子、新玉のくせに男心をくすぐる花丸役の藤京子、美声で稼ぎまくるはん子役の神楽坂はん子、みんなを束ねて面倒見る人情派・女将役の清川玉枝、文字通り「適材適所」の配役で、それぞれの個性が随所で輝いている。極め付きは、待合の廊下で、照代がはん子に「だから今夜は酔わせてね」の唄い方を伝授される場面、途中から、つばめも、栄龍も加わり「合唱」に進展する有様は、《粋の極致》、とりわけ神楽坂はん子の「初々しさ」が魅力的であった。
 その他にも、信太郎役・龍崎一郎の「男振り」、元伯爵役・高田稔の(やつれた)「風格」、美津子役・(デビューまもない)久保菜穂子の「可憐さ」、楠田役・田崎潤の「磊落振り」等など、見どころは枚挙にいとまがない。「新東宝【歌謡シリーズ】傑作選」という看板に偽りはなかった、と私は思う。
(2017.5.17)