梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・跳んで来る少年

 静岡市を流れる安倍川、その上に架かる安西橋の両側には、欄干がなかった。四~五メートルごとに石の柱は残っていたが、柱と柱をつなぐ横棒は鉄製のため、兵器工場に徴発されたのだろう。祖母は、病みあがりの私を乳母車に乗せて、その橋を注意深く渡り始めた。五歳の私が生死をさまよった「自家中毒」から辛うじて快復し、治療に使ったリンゲルの注射器を、河原に捨てに来た帰り道のことである。真夏の炎天下、橋の上を通る人や車は、皆無だった。だが、ちょうど中間点に来たとき、向こうから、一人の少年が「跳んで来る」ように見えた。少年の姿は、だんだん大きくなってくる。よく見ると、少年は「跳んで」いるのではなかった。松葉杖をついて、懸命に歩いていたのである。頭、顔、上半身、汗にまみれ、薄汚れた半ズボンの下には、膝から切断された右足がむきだしのまま、ぶら下がっていた。・・・あの少年は、その後どうなったのだろうか。「彼の戦後70年」について知りたい。(2015.3.24)