梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

映画「大学の若旦那」(監督・清水宏・1933年)

 ウィキペディア百科事典では、この作品について以下のように解説している。「・・・『大学の若旦那』(1933年)に始まる「大学の若旦那シリーズ」で明るく朗らかな笑いを提供し、清水は、このシリーズの成功によって松竹現代劇の娯楽映画を代表する監督となった。主演には、清水と体型が似た慶応ラグビー出身の藤井貢があたったが、このシリーズは、清水のオリジナルなアイデアであり、スポーツの花形選手でもある下町の老舗の若旦那が、恋とスポーツに活躍する朗らかでスマートなコメディである。シリーズ全般を通して、坂本武、吉川満子、武田春郎、三井秀男ら松竹の脇役俳優たちが、朗らかで暖かい笑いをみせて、非常に面白い映画として当時の観客を喜ばせたと言われている」。
 配役は、主演、大学の若旦那・藤井に藤井貢、その父(老舗醤油店・丸藤店主)五兵衛に武田春郞、その長妹・みな子に坪内美子、末妹・みや子に水久保澄子。藤井の伯父・村木に坂本武、みな子の夫・若原に齋藤達雄、丸藤の番頭・忠一に徳大寺伸、半玉・星千代に光川京子、柔道部主将に大山健二、ラグビー部選手に日守新一、山口勇、特に藤井を慕う後輩・北村に三井秀男、その姉・たき子に逢初夢子、待合の女将に吉川満子といった面々である。   
 筋書きはあってないようなもの、登場人物の人間模様だけが浮き彫りにされる「朗らかでスマートなコメディー」であった。藤井は大学ラグビーの花形選手だが、勉強はそこそこに遊蕩三昧、二階から帳場の銭入れに、吊したカブトムシを投げ入れ、札を掴ませる、それを懐に入れて夜な夜な花街へと繰り出す。芸者連中には扇子にサインをせがまれるプレイボーイ振りである。父はラグビーを「スイカ取り」と称して苦々しく思っているが、藤井は「どこ吹く風」、今夜も柔道部の連中が「選手会」(実は芸者遊び)の誘いにやってきた。丁稚に肩をもませている隙をねらってまんまと家出、馴染みの料亭に繰り込めば、伯父の村木と鉢合わせ、「おじさんも、なかなか若いですなあ。おいみんな、今日はおじさんの奢りだぜ」。
 要するに、店主・五兵衛の思惑は、①長妹のみな子は近々、若原を婿に結婚の予定、②末妹のみや子はゆくゆく番頭の忠一と添わせるつもり、だが、③忠一は半玉・星千代と「できている」、藤井とみや子はそれにうすうす気づいている、④星千代は若旦那・藤井に惚れている、⑤藤井と忠一はそれにうすうす気づいている、⑤ラグビー選手の山口は藤井の存在が面白くない、大柄で強そうだがケンカには弱い、⑥ラグビー選手の北村は藤井に憧れている、⑦北村の姉・たき子はレビューのダンサーで弟の学資を稼いでいる、⑧藤井は星千代にせがまれてラグビーの練習風景を見せようと大学構内に連れて来た。みや子のセーラー服を着せ「ボクの妹だ」と紹介したが、実際のみや子が現れ、真相が判明。藤井はラグビー部から除名される羽目に・・・。⑨心機一転、藤井はみな子の婿になった遊び人・若原とレビュー通い、北村の姉・たき子の「おっかけ」を始める。⑩まもなく、ラグビー大学選手権、藤井が欠けたチームは戦力ダウン、北村は藤井を呼び戻したい。⑪藤井とたき子は「いい仲」になりつつあったが、北村は「チームのために藤井と別れてくれ」と談判。泣く泣くたき子は受け入れる、⑫晴れて藤井はチームに復帰、試合はもつれにもつれたが逆転優勝!、⑬しかし、たき子から離別の手紙を貰った藤井は試合後のシャワーを浴びながら独り泣き濡れていた、という内容である。
 見どころ、勘所は奈辺に・・・。プレイボーイ・藤井の「侠気」であろうか。番頭・忠一と末妹・みや子を添わせるために半玉・星千代から身を引いた。レビューダンサー・たき子への「おっかけ」も、そのための方便だったが、次第に「本心」へと発展、恋の痛手に泣いている。しかし、星千代も傷ついた。たき子も傷ついた。みや子と忠一は・・・?
 何とも、曖昧模糊とした結末だったが、「朗らかで暖かい笑いをみせて、非常に面白い映画として当時の観客を喜ばせたと言われている」とすれば、当時の観客はその《曖昧模糊》を喜んだということになる。そのギャップが、私にはたいそう面白かった。
 さらにまた、挿入された往時の「浅草レビュー」の舞台、「大学ラグビー選手権」の試合なども十分に楽しめる傑作であったと私は思う。
(2017.2.27)