梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

教訓Ⅲ・《還暦を過ぎた人々へ》

 還暦とは「第一の人生」の終わりを意味する。いつまでも過去を引きずってはならない。いわんや、財産や栄誉を求めたり、守ろうとしたり、これまでの業績を誇ったり、「悠々自適」を決め込んだりすることは、もっての外である。先人いわく、「第一の人生」は研修期間、試行錯誤して《失敗から学ぶ》ことが肝要、しかし「第二の人生」は失敗は許されない、これからは、《本当に》自分の力で自分の人生を創り上げなければならない。(棋士・米長邦雄氏談)しかし、彼もまた「永世棋聖」という称号を捨て去ることはできなかった。 げに、「老いる」とはそういうことなのである。さればこそ、還暦を過ぎた今、おのれを空しくして「一から学ぶこと」が大切だ。とりわけ、これまでの「得る」(ゲット)という姿勢を「与える」(ギブ)という態度に変換することが重要である。何を与えるのか。自分を与えるのである。自分の経験、知識、技術を後輩に託すのである。与え、与え、与え通して、それでもまだ残るものは何か。それを見極めることが「一から学ぶ」ということである。
 これまで苦労をともにした伴侶に感謝することはよい。労うこともよい。休息することもよい。だが、それだけでは「第二の人生」は始まらない。今や、「超高齢化社会」、巷間は老爺、老婆で満ちあふれている。彼らは、大戦後の飢渇に立ち向かい、昨今の繁栄をもたらした立役者たちに違いないが、思い上がってはいけない。油断してはいけない。その頑張りの中で「失ったもの」を数えるべき時なのである。まして「アンチ・エイジング」を装い、いつまでも未熟な姿を晒し続けることなどは言語道断と言えよう。
 《恥を知れ》、それを還暦を過ぎた人々への「餞の言葉」としたい。
(2017.1.21)