梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・山の男

 高校の文芸部には山岳部部員Mもいた。Mは両親と死別、叔父夫婦のもとから通学していた。早熟で「60年安保闘争」にも参加していた。先輩の詩作「《Revolution》革命と/訳されるが/日本の社会には/いまだ/訳されない/」に共鳴し、文芸部に入部したのであろう。Mはまた山を愛し、穂高、槍ヶ岳、谷川岳等々、数多くの登山を経験していた。私たちはその体験談に耳を傾け、岳人特有の隠語も学んだ。「キジを撃つ」「ロクる」など懐かしい言葉が浮かんでくる。Mは中途退学、社会人となって早々に結婚、相手は山岳会の同志だったと聞く。愛児たちも誕生、楽しい家庭生活を送っていたようだが、数年後、突如として一家全員が姿を消した。友人、知人たちが八方手を尽くして探しても見つからない。数ヶ月後であったか、Mの自家用車が奥多摩湖の湖底で見つかった。Mは家族で登山の帰路、運転を誤り全員が湖に転落したと思われる。私たちは「いい奴ばかりが先に逝く、どうでもいいのが残される」という俗謡を実感として噛みしめ、落涙した。(2015.5.1)