梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・戦争の話

 中学校のN先生は保健体育を担当したが、生徒にせがまれると時折り「戦争の話」をしてくれた。先生は体操競技を専攻し、とりわけ鉄棒の演技が得意であった。「日頃から運動で体を鍛えていたので、私は戦地から生還できた。極寒の埠頭に重装備のまま降りたとき、表面の氷で軍靴が滑り海中に転落する者が続出した。私は右手小指一本が岸壁にとどまり、徐々に他の指をかけて這い上がることができた。敵地に突入すると無数の落とし穴が仕掛けられている。多くの兵士が転落、竹の槍に刺殺された。私も躓いて体が宙に舞ったが、一瞬の空中回転で飛び越えることができた。竹林の中で発砲した者は、弾がはねかえり自分に当たって落命した。一人の戦友は額を撃ち抜かれて動かなくなった。銃撃戦が一段落したので救出に戻ると、彼はその場からは百メートルも移動し息絶えていた。よほど故国に帰りたかったのだろう・・・、戦争で得られるものは何もない」、だから「戦争は絶対にしてはいけない」。それがN先生の口癖であった。(2015.4.25)