梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

野坂昭如氏、最後の《一文》

「焼け跡闇市派」を自称する作家・野坂昭如氏が逝った。(雑誌連載)最後の原稿の末尾の一文は「この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう」だったという。(東京新聞12月11日朝刊・1面)私たちは、この「戦前」という言葉の意味を噛みしめなければならない。それは、国民が同じ価値観、同じ考え方で、同じ方向に進もうとする「空気」(画一主義)である。それに従わない者は容赦なく断罪し切り捨てる。その結果、日本は軍国主義への道を突き進み、多くの同胞と美しい風土を失った。残されたのは焼け跡ばかりだったが、「闇市派」は立ち上がる。多様な価値観、多様な考え方で、多様な方向を目指す。それが「戦後」(民主主義)の証しであり、以後の平和と繁栄を享受する礎になったと思う。今、戦前のように「同じであること」を求め、「同じでなければならない」と戒め、「同じ方向」を目指せば、たちまち、その平和と繁栄は崩れ去るだろう、と野坂氏は警告しているのだ。ここに、あらためて「憂国の士」の死を悼み、謹んでお悔やみ申し上げる。(2015.12.11)