梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

童話・「クワガタの恩返し」

 あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。ある夏の日、おじいさんの友だちから宅急便が届きました。開けてみると、大きな桃がたくさん入っています。その一つをおじいさんが取りあげると、一匹の黒い虫が、ポトリと落ちました。大きなクワガタです。クワガタは床の上で仰向けになり、手足をさかんに動かし、もがいています。 でも、元気がありません。            「かわいそうに・・・」
 おじいさんは、クワガタを拾い上げると、自分の手のひらにのせ、やさしくなでました。 「まあ、クワガタ! 桃といっしょに来たのね。遠い福島からはるばると・・・。ごくろうさま」
 おばあさんは、さっそく桃をむいて、その一片をクワガタにプレゼントしました。
クワガタは、しっかりと桃の一片に取りつき、その甘い汁を吸いはじめたようです。
次の日、おじいさんはデパートに行き、虫かごとクワガタの食べ物を買ってきました。クワガタは日に日に元気を取りもどし、かごの中を動き回ります。
 そんな様子を見て、おばあさんが言いました。
 「クワガタ、ここにいても一人でさびしいんじゃないかしら。福島の山に帰してあげましょうよ」
「うん、それがいい」
 おじいさんの仕事が夏休みになるのを待って、二人は福島の温泉に出かけました。もちろんクワガタもいっしょです。
 新幹線に乗って福島駅で降り、そこからバスに乗って山の温泉宿に着きました。
おじいさんとおばあさんは、さっそく虫かごをもって宿の裏山を登りました。林の中の大きなクヌギの木を見つけると、おじいさんが言いました。
 「ここがいいよ」
「そうね。ここにしましょう。じゃあ、クワガタさん、元気でね。はやく友だちを見つけなさい」
クワガタは虫かごを出ても、しばらくその場にじっとしていました。
 二人は、それから温泉に入り、宿に一泊しました。翌朝、もう一度、裏山の林に行きましたが、クワガタの姿はどこにも見えません。(よかった。山に帰れたね)そう思いながら、二人も帰途につきました。また、バスに乗って福島駅に着くと、おばあさんはおみやげを買おうと思いました。もうすぐ、孫が生まれるのです。  「何がいいかな。お人形にしようかしら・・・」
 迷いながら、売店の品物をながめ回していると、「???」、とんでもないものが目に入ってきました。「お金」です。しかも一万円札が数十枚、お菓子の箱の上に乗っかっているではありませんか。
 おばあさんは、びっくりしました。夢ではないかと思い、あたりを見回しました。だれもそのお金には気づいていないようです。
 「あのう・・・」、と口ごもりながら、おばあさんはお金を手にして、店の人に言いました。
 「このお金、ここに落ちていましたよ」
 店の人は、ちょっと驚いたようでしたが、
「ああ、そうでしたか。おあずかりしておきます。どうもありがとうございました」
と言って、そのお金を受けとりました。
おじいさんとおばあさんは、「世の中にはずいぶお金持ちの人がいるもんだね。落とした人はどんな人なんだろう」などと話し合いながら、家に帰りました。
 それから、一年が過ぎました。
やはり、ある夏の日、おじいさんが仕事から帰ってくると、おばあさんが叫ぶように言うのです。
 「おじいさん! 当たったんですよ!」
「???、何が?」
「年賀状ですよ、年賀状のお年玉プレゼントで一等賞が当たったんですよ」
「えっ!」
 おじいさんはびっくりしました。年賀状のお年玉なんて、半年も前の話ではありませんか。たしか一枚一枚ていねいに調べて、数枚の五等賞品を取り換えたはずです。
「そうですよ。でも七月十五日が最終期限だから、もう一度、調べたの。そうしたら、一等賞の番号と同じ年賀状があったんです!」
 おばあさんの顔はくちゃくちゃになって、今までで一番うれしそうに輝いていました。おじいさんもうれしくなって、おばあさんにたずねました。 
「そうだったのか、それはよかった。で、その年賀状はだれから来たの?」
おばあさんは、断言しました。
「クワガタさんです! 福島の・・・」
おじいさんが、その年賀状を見ると、たしかに、差出人は、去年の夏一泊した、あの温泉宿の名前だったのです。
おじいさんとおばあさんは、その年賀状を「ビデオカメラ」に取り換えて、孫にプレゼントしました。日に日に成長する孫の姿は、今でもビデオテープの中に次々と残されています。
その姿を見るたびに、二人はあのクワガタを思い出します。そして、思います。(クワガタさん ありがとう)
おわり(2006.12.31)